第37話「猛牛艦隊、征く」
艦隊を進めるベクター・ツヴァイトは、
――向かってこない?
高浜は艦隊を後退させようとしている。
それはベクター・ツヴァイトが想定した動きではない。
しかし裏をかかれたと思わされるものでもなかった。
――ミスだぞ。
ベクター・ツヴァイトの狙いは、確かに中央突破である。
だが片方で中央突破、もう片方で後方遮断という高浜の判断は間違っている。
開戦前、ベクター・ツヴァイトが
――二列に分けた艦隊で、敵の単縦陣を三分割する。
二列に分けた艦隊は、両方とも中央突破を狙う。
――分割された前方は、回頭しなければ戻ってこられない。その間は、こっちは数的有利を活かし自由戦闘を行える。
加速も進路変更も、フェイズの始めに決めておかなければならないRiot Fleetsで分断は有効な手段の一つだ、とベクター・ツヴァイトは思っている。
そして何よりも、この戦術が決まった場合、高浜が最高の武器だといったものを殺す事ができる。
――俺は短気だから、これくらいのスピードでないとな。
スピード、即ち速力だ。
ベクター・ツヴァイトの艦隊機動は単純である。分断した後も、単縦陣故に前方の艦に追従すればいいのだから思考時間を短く出来る。
対する高浜は、三つに分断された部隊それぞれの対応に追われ、思考時間をすり潰す事になる。その内、一部隊は回頭なのだから細かい指示が必要だ。
単縦陣を採用している最大の長所――シンプルさが、高浜から失われてしまう。
アシュリーは可笑しそうに笑った。
「自分の商売を知らないっていうんだっけ?」
自分たちの戦術を読み違えたのなら楽勝まである、とう笑いなのだが、コムギに笑いはない。
――でも対応しようとしてるんじゃ……?
これが退路を断たせまいと、この段階で全艦反転を命じたのなら大失敗だ。反転の最中に砲撃を受け、混乱したところへ衝角と対艦ミサイルを浴び、艦隊壊滅もあり得る。そうなるならアシュリーのいう通り、高浜は自分の仕事が分かってなかった事になる。
だが移動フェイズが終わり、戦闘フェイズに移った今、高浜はどう艦隊を動かしているか?
「前面の姿勢制御用スラスターを全開にしろ!」
艦後方にあるメインエンジン直結のスラスターではなく、姿勢制御用の補助スラスターを使って後退を命じていた。
「敵艦隊は側面だ! 速射砲だ! 丁字戦法は生きているぞ!」
形としては丁字になっている。
高浜艦隊から恐ろしい数の砲弾が浴びせられる。
その閃光にベクター・ツヴァイトは笑いかけていた。
「キレイだろ? 俺の艦隊は!」
下部を白、船体を藍色、艦橋部分を赤に色分けした自慢の艦隊だ。その艦隊を象徴する猛牛のエムブレムを懐く、ベクター・ツヴァイトの乗艦はバファローという。
艦橋でベクター・ツヴァイトは仁王立ち。
傍に立つアシュリーは「反撃を……」というが、ベクター・ツヴァイトは「まだだ!」と強く言葉を吐いた。
「叩き込むなら接近してからだ」
速力は圧倒的に、ベクター・ツヴァイトが勝っている。
――高浜さんがが後退に使ってるのは、移動用ではなく、
逃がすつもりもなければ、もとより逃げられるものではない。焦って反撃してしまえば、三分割するつもりが、二分割と余りになってしまう事も有り得る。
振動と閃光にまみれた艦橋で、ベクター・ツヴァイトは一点を見つめ続け、そして……、
「よし!」
艦砲も対艦ミサイルも存分に使える距離で、ベクター・ツヴァイトは叫ぶように命じる。
「発射! 艦首から艦尾まで貫いてやれ!」
二隻は鬱憤を晴らすかの如く雄叫びを上げた。ギリギリまで耐えて狙った砲火は、ベクター・ツヴァイトの目論見通り。
三分割は成った。
ベクター・ツヴァイトは高浜がいるであろう方向を向き、
「さぁ?」
***
戦闘フェイズが終わると、高浜は大きく溜息を吐かされた。
「参った」
ここから各艦への命令がややこしい。単縦陣と維持できているベクター・ツヴァイトに対し、一部隊は回頭、残り二部隊に反撃の指示を出すのは時間がかかる。
しかし分断されたとはいえ、終わった訳ではない。
「けど姿勢制御用のスラスターで後退したのは、正解だぞ」
三分割に僅かな歪みがある事を、高浜は見逃さない。
高浜とベクター・ツヴァイトがサシで艦隊戦をしているのなら、ここで勝負ありかもしれないが、高浜には妹が率いる
「次のターン、出てくれ」
しかし高浜が見遣ったのは、妹ではない。
「
全力の出せるタイミングで出してやるといった、そのタイミングなのだ。
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