第35話「それでもゲームをする」

 アシュリーの提案に、ベクター・ツヴァイトは特に反対しなかった。送った文面にも送った相手にも引っかかる所はあったが。


 ただコムギは、さすがに問題だ、とじゅんへ白手袋を投げつける行為について、ベクター・ツヴァイトへ訊ねるしかない。


「このチーム……グランピングの時の……」


 高浜たかはまが本名であった事、あきらがshow――ショウと名乗っている事と、ベクター・ツヴァイトの態度を考えれば明白すぎる程だ。


 ――いいの?


 直接、言葉にこそしないが、敵対したい相手でない事は告げる。


「仕方がない」


 ベクター・ツヴァイトはそういう。高浜の艦隊と、Point Blank艦隊の動画が出回っているのは確かで、その動画に批判的なコメントが多いのも知っている。些かやり過ぎなくらいに叩かれている事には同情する部分もあるが、ゆうがいった事に対し、自業自得という部分が多い。


 ベクター・ツヴァイトは動画など見ても見なかった事にして、触れない方がいいと思うが、アシュリーがどう考えるかを察すると、回答は一言になってしまう。


 ――アシュリーさんのは、義憤……かな?


 親友といっても差し支えのない相手の事だ。当たらずとも遠からずということろだろう。


 しかしコムギは、仕方がないという言葉が出るなら反論する。


「やりにくいですよ」


 ただ一度、グランピングで一緒になっただけの関係で、そこまで親しい訳ではない、と見る者も多いが、コムギの感性はでは違う。あの一日、ただ数時間を共に笑って過ごしただけの5人だが、「よしみ」とでもいうべきものを感じる。


 その相手に、叩き潰されてもしようがない、とまで書くメッセージを送って対戦するなど、有り得ない事態だ。


 コムギの気持ちも、ベクター・ツヴァイトは同じように分かる。


 コムギは、面識のない悠の言い草に自業自得と感じている。惇の広域メッセージは事故だ、とも。


 コムギの考えを察しても、ベクター・ツヴァイトはアシュリーの行動に乗った。


「戦ってみたら、分かる事もあるかもしれない」


 メッセージで話していては埒があかない。実際に顔を合わせられる程、惇とアシュリーは近くに住んでいないのだ。


 対戦は、現実に声をかけあえる。


「……」


 コムギは顔を曇らせたままだが、彼女もベクター・ツヴァイトの考えは理解できる。


 露天風呂に来た弥紀とサムの顔を思い出せば、自分を納得させる事もできた。


 弥紀みのりは笑いながら、ゲーム同好会が存続できた経緯をコムギに話してくれていたのだ。


 ――従弟をいれたんですよ。ゲームは飽きたっていって、止めてたんですけど。


 ――姉特権ですね。


 従姉とはいえ、姉弟同然に育ってきた二人であるから、弥紀が惇に対し、イニシアティブを持っているのは、笑ってしまうくらい分かる。


 そんな惇と弥紀が、ゲーム同好会を波風の立つ状況にするとは思えない。


 何事も話せば分かるが通じないのは知っているが、今回は話せば分かる。


 ただゲームを通してとなれば……、


「やるなら全力。でいいんだよね?」


 コムギはバファロー・リード艦隊のエースなのだ。


「あぁ、全力さ」


 ベクター・ツヴァイトも大きく頷いた。



 ***



 多分、ひどい顔をしている、とアシュリーは自覚していた。アバターだからこそ、隠していられる表情だ、と。


 日を追うごとにゲーム同好会への憤りは大きくなり、弧宮との相談で燃え上がいる最中である。


 ――楽しいゲームにならない事は、申し訳ないけど……。


 コムギとベクター・ツヴァイトには、そう思う。詫びの言葉はいつまでも続く程に。


 しかし決戦を前に、詫びの言葉は引っ込める。


 ――負けて、天丈てんじょう ゆうさんへの暴言を正当化させない。



 勝って、否定しなければならない事があるのだ。



 そんなアシュリーの気持ちを読もうとする思考を、ベクター・ツヴァイトは頭から追い出す。ゲームだ。終わった時、握手で結びたい相手との。


 ――勝敗は兎も角、対戦する以上、本気だ。


 本気で遊ぶからこそ楽しい。


 ――高浜さんもそう思っているはず。なら教え子も同じだろ。


 戦いの中でわかり合えるはず、と思うのはロマンスが過ぎるだろうか?


「高浜さんなら、単縦陣たんじゅうじんで来るだろう。俺も、基本的には単縦陣がいいと思う」


 速力が艦隊の武器というのは、高浜もベクター・ツヴァイトも共通して認識している。


 ベクター・ツヴァイトが得意の戦術だ、とアシュリーも感じている。


「Point Blank艦隊と同じように、垂直になろうとしてくる?」


「いや、そうなると艦隊を消耗し合う事になるんだ。だって――」


 ベクター・ツヴァイトは互いの艦隊に見立てて立てた両手の人差し指を動かし、



丁字ちょうじ作戦に来るなら、俺は逃げる」



 決戦に乗らない事が、高浜の丁字作戦にハマらないコツだ。


「逃げて、相手のケツに食いつく。Point Blank艦隊がやりたかった状態になるな」


 二匹のヘビが互いの尾を飲み込もうとする状態である。


「こうなると、引っ張る力が強い方が相手を引き摺る事になるから、あんまり……ない」


 消耗戦になり、後はグダグダだ。


「高浜さんは避けるよ。グダグダになったら、それこそコムギさんを奇襲させて、反応弾で一発KOだ」


 最後の言葉は冗談である。奇襲ならば、高浜麾下にも晶がいる。また弥紀のバード・バニッシュでベクター・ツヴァイトの乗艦を吹き飛ばすという手もあるのだ。


 ――それはしたくない。高浜さんもそうだろ。


 しかし言葉とは裏腹に、ベクター・ツヴァイトが言外にいいたいのは、高浜は自分よりも艦隊戦を知っている、という事。


 ――奇策で始めて、正攻法で終わる。高浜さんは、よく知ってるよ。


 自分は及ばない。及ばない事に挑むのは、全力とはいえないのだ。


「となると、高浜さんも互いの艦隊が平行になって、砲撃を繰り返しながら機化猟兵を繰り出す事になるんだろうけど……」


 もう一度、ベクター・ツヴァイトは互いの艦隊に見立てた人差し指を動かした。


「この体勢になるまで艦隊機動を続けたら、時間ばっかりかかる。そこで、だ」


 ベクター・ツヴァイトは自艦隊に見立てた指を、人差し指と中指に変えた。


「単縦陣じゃなく、二列にする」


 そして示した艦隊運動は――、


「これなら、高浜さんの丁字作戦に乗ってやれる」


 ベクター・ツヴァイトに必勝の笑みを浮かべさせた。

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