第34話「払い戻された友情」

 ベクター・ツヴァイトのバファロー・リード艦隊を構成する3名は、それぞれ住んでいる場所も年齢もバラバラである。たまたまネット上で知り合った3人が、意気投合して組んだチームというのは、よくある事だ。


 それ故にオフラインの時間は他の2名が知るところではない。


 すぎ いずみ――アシュリーが、Poit Blank艦隊の動画を見つけたのも、その動画に憤りを感じた事も、他の二人は知らない。


 ただアシュリーが二人にPoit Blank艦隊の動画について相談しなかったのは、信頼の欠如や悪意ではなく、偶然だ。


 偶然、アシュリーは二人ではない、チーム外のフレンドに相談した。


 弧宮こみやという少年アバターを使うプレーヤーは、アシュリーと不思議な程、馬が合った。共に中性的な少年のアバターを使っているから、アシュリーが最初から親近感を抱いたからかも知れない。弧宮はゲームのキャラクターらしい紫色の髪を、ユニセックスのハンサムショートに設定し、白いタートルネックのシャツと、髪色と同じボトム、アウターにロングコートを着せていた。


 そして弧宮は、アシュリーが知る中で最もRiot Fleetsを知っている男である事も、相談相手に選んだ理由だろうか。


 弧宮はアシュリーの話を聞いた後、「なるほど」と頷いた。


「その動画は私も見た」


 そういうと、一呼吸、置く。


「私は人のプレイに口出ししない。エンジョイもガチも、プレイヤー次第だからね。でも――」


 弧宮は動画を指差す。互いに公共のチャンネルを使って話しているため、動画の中でも互いの声が録音されている。


 弧宮の指先は、高浜の乗艦へ向かうブルーローズへバード・バニッシュを向ける惇のスプライトへ向けられていた。


「人のプレイに口を出した時点で、こいつはガチ勢だ。エンジョイ勢なら、プレイ内容に、それも人のになんて口出ししない」



 ゆうの愛機否定発言に口を出した時点で、惇はゲームを楽しむのがメインとはいわせない、と弧宮はいい切った。



「勝てなかったり、自分の拙い部分を相手に突かれた時のいい訳にエンジョイ勢なんて言葉を口にしてるのなら、私はでぶっ叩く」


 弧宮は鼻を鳴らし、惇と悠が戦う事になった原因を指摘していく。


「強くなる方法に、この天丈てんじょう ゆうさんがいってる事は間違いない」


 は甘い世界ではないという。特に悠が言及している訳ではないが、弧宮も独自の理論を持っており、


「厨装備なんて嫌いっていってる人こそ、厨装備を使うべき。それで観察して、厨装備が何をされたら嫌かを研究して弱点を熟知しないと。上に行けば、好き嫌いとか相手が悪いとか、そんな事をいってる場合じゃない人が……いや、寧ろいってる場合じゃない人しかいないんだから」


 その時、フッと吐き出した吐息は、弧宮の中にある軽蔑を含んでいた。


「配信でいう事じゃないよね」


「ですよね。そして編集動画にして流すとか、論外です」


 大きく頷いたアシュリーを、弧宮は横目で見遣る。


「どうするの?」


「一度、対戦してやろうと思います」


 アシュリーが挑みたいのは、対戦やバトルロイヤルではない。



で」



 それはバファロー・リード艦隊を巻き込む――ベクター・ツヴァイトにも話さなければならない事態になる。


「ベクター・ツヴァイトさんは総指揮官で、コムギさんは、このエースを抑える事になると思いますから、僕と当たるのは……」


 アシュリーは最後までいわず、惇のスプライトを指した。


 弧宮は軽く一瞥し、


「S級か。このまま使い続けてたら、プロモーションするかな。あまりフォーレストなんて見ないよね」


「僕も当たった事がありません。ベースにしてる人も、少ないですよね?」


 アシュリーにフォーレストを持っている知り合いはいない。カスタムできるようになったら、カスタムしてA級にしてしまうのが主流だ。ただ弧宮はフォーレストに乗っているプレーヤーがいる頃からのゲーマーだ。


「S級をそこまで乗り続けないのが現環境だから。でもフォーレストはリアクティブアーマーが標準装備だから、銃撃戦じゃ不利になるかな?」


「僕のレイは中間距離用だから……近接武器に切り替えた方がいいですね。リアクティブアーマーなら、Mメーサー・Vバイブレーション・Eエッジ?」


 惇と同じ近接武器の名を出したアシュリーへ、弧宮は首を横に振った。


「MVE? 不要」


 一刀両断である。


「斬りやすいものをより斬りやすくする武器だよ。MVEはダメージの上乗せはしてくれるけど、底上げはしてくれない」


 もう一度、弧宮は不要と繰り返した。


「こいつの動きは、ハッキリしてる。中距離はパルスレーザー式突撃銃、至近距離はMVEで攻撃してくる。でも、この装備には穴がある」


 そして弧宮が立てる指は二本。


「中間距離と近距離」


 Riot Fleetsでの俗称である。ビームライフル等による射撃が必要な距離を遠距離、パルスレーザー式突撃銃や軽機関銃が活きる距離を中距離、ショットガンや短機関銃が有効になるのが中間距離、拳銃やスロウナイフの間合いが近距離、格闘やビームセイバーの距離が至近距離である。


「アシュリーさんが狙うなら、この中間距離と近距離での戦闘をメインに考えればいい。それ以外の距離になるなら、逃げる」


「ふむふむ」


「逃げる時も、敵機を気にして動いてたんじゃダメ。敵機を気にしながら逃げるのと、無視して逃げるのだと、1.5倍は動ける距離が違う」


 それができたら、中級者になりかけている程度の惇には勝てる――弧宮の言葉に、アシュリーは頷かされた。



 ***



 グランピングが終わった連休中日、部室に集まったゲーム同好会の話題は必然的にそうなる。


 今日は弥紀みのりがホワイトボードの前に立ち、


「では、ゲーム同好会の初合宿について、総括します」


 しかしそういわれると、あきらすら首を傾げてしまう。


「合宿だったっけ? どちらかというと、親睦会じゃないのかい?」


 ただ弥紀は晶にはいわたくない。


「親睦してないでしょうがさぁ!?」


 覚えてるぞと詰め寄る弥紀は、晶の胸を鷲掴みにする。


「身長以外、全く私に勝てないと分かって、抜き打ち身体測定から逃げ出して、自分は片思いの彼氏の元へ水着で乱入したんでしょうが」


 八頭と高浜の元へ行ったのは知っているといわれると、晶は顔をしかめてしまう。


「片思いの彼氏という訳じゃないさ。それに、選ぶ権利というものがある」


「選ぶ権利? おーおー、デカイ事いい出すじゃないの」


「いや、私にじゃない! 相手にだよ!」


 晶はチッと舌打ちしながら弥紀を振り解いた。


「それに、勝負をしたいと言うのなら、サムがいるだろう」


 二人の遣り取りを楽しそうに聞いているサムを指差す晶だが、弥紀はわざとらしい程、肩を落とし、


「……サムの胸、お湯に浮くのよ? 知ってる?」


「知らないな」


「そんなのと勝負になる訳ないって気付よ!」


 そんな喧噪けんそうが更に広がる部室で、じゅんのスマートフォンが鳴動した。画面を確認すると、眉根を寄せると同時に首を傾げさせられる。


「ゲームから?」


 Riot Fleetsと連動させているアプリにメッセージが届いていた。


 送り主はアシュリー。



 そこは自分たちと戦えという挑発の言葉がおどっていた。



「アシュリーさん……杉さん?」


 惇には、こんな言葉を浴びせられる覚えはない。

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