第33話「最後のイベント」

 そういった一悶着も、ゲーム同好会にとってはひとつのイベントといえるかも知れない。


 ここにいる8名が今、グランピングしている全員だとわかってからは、昼食というには長すぎる時間をBBQ場で過ごした。


 片付けが終わったのは午後3時。


 本来ならば昼下がりの間食という時間であるが、春先の山中は陽の足も早いという事もあり、弥紀みのりはボストンバッグから着替えを出す。折角、温泉まであるのだから、少々、陽の高いうちに入ってしまおうというのだが……、


「さあ、抜き打ち身体測定の時間ですよ~」


 そんな事をいい出す。


 しかし振り向いても、親友の姿はない。


「サム、ショウちゃんがどこに行ったか知らない?」


「さぁ?」


 サムも見ていなかった。


 弥紀は口元を緩ませつつあごに手をわせ、


「身長以外、勝ち目がないと気付いて逃げたな?」


「何なら、私が相手になろうカ?」


 しかしサムにそう言われると、弥紀は途端に真顔になり、


「いやいや、無理無理」


「ミノリは体育をサボり過ぎ。ダイエットの工夫ばっかり考えてるけど、基本は体育ヨ? それに日本にはラジオ体操ってダイエットに向く健康法があるのに」


 特別な運動、特別にイベントがなければならないとばかりにダイエット特集を読むよりも、余程、いいものが周囲にあるのを見落としている、とサムはいう。


「いや、マジにいわれると、困るんだけどね……」


 それだけで維持できるとは思えない、と弥紀はサムの爪先から頭までに視線を巡らせるのであった。


 しかし晶の行方についての手掛かりはない。



 ***



 その頃、高浜たかはまはバレルサウナに入っていた。北欧産の木材を使用した樽形のサウナは、人とゆっくり話をするのにも向いている。


 向かい合わせになっているのは、久しぶりにゆっくり話ができそうなタイミングで出会えた八頭やず。向かい合って座る二人のうち、先に口を開いたのは高浜だった。


「すごく久しぶりだ」


「年単位で会ってなかったっけ」


 八頭は苦笑いしながら、高浜の腹を指差した。サウナに入るためにフロントでレンタルした水着姿の二人は、上半身裸だ。


おとろえたね」


 30歳を超えたのだから当然といえば当然だが、20代の頃とは体型が変わっている。BMI指数では肥満に入っている訳ではないが、筋肉の衰えが目立ち始めていた。


 だが、それを高浜は苦笑いではなく、イタズラっぽい笑みで返す。


「あと10年もしたら分かるから」


 八頭とて通る道なのだ、と冗談めかしていえば、八頭も「確かに」と笑った。


 笑いながら、八頭は高浜と知り合った高校生の頃を思い出す。


「成長したといえば、今は部活動の顧問もやってるんだ?」


 晶だけなら兄妹のレジャーだが、サムとじゅんがゲーム同好会だと名乗ったのだから、ここへは同好会活動として来ているはず。ならば高浜が顧問だと想像が付く。


「部活動じゃなく、同好会だけどな。妹が、廃止にならなかったら顧問になってくれっていうから」


 苦労を背負い込んでいると自嘲気味な高浜へ、八頭も意地の悪い顔をして指差した。


「昔から、妹さんに甘かったから」


「そうだな」


 高浜は椅子の背もたれに身体を預け、天井を見上げる。


 ――お袋がお父さんと再婚したのは、俺が二十歳の時だったか。晶は3歳だった。


 成人している高浜は姓を父方に変えなかったが、家族仲は寧ろ良かったと思う。3歳の晶はすんなりと新しい家族を受け入れ、すぐに高浜の後をついて歩くようなった。


 晶との間にあった事を、時々、聞いていた八頭もククッと含み笑いを漏らし、


「そういえば、妹さんがゲームする切っ掛けだったの、アレ。マスコットの」


「ああ、幼児向けのすごろくミニゲームな」


 丸っこいマスコットキャラクターたちのすごろくで、とまったコマによって簡単なミニゲームが発生するというシステムだった。


 しかし3歳の晶には操作が難しく、殆どのミニゲームができなかった。


「キー操作ができないから、リズムゲームなんかは全滅で、唯一できたのが坂道ダッシュ」


 晶が唯一、勝てたのが、ボタンを連打して加速し、障害物やライバルキャラクターの妨害をはスティックでかわして1位を目指すというミニゲーム。


 しかし、それも晶ができたのはボタンを連打する事だけ。


 高浜が笑いながら思い出すのは、そのミニゲームで苦労した思い出である。


「俺が障害物が来たら晶のキャラを押して、コンピュータに抜かれたら、そのコンピュータのキャラを妨害して、晶を1位にするっていう、何か別のゲームになってた」


「接待プレイ、ここに極まれり」


 吹き出す八頭だが、高浜は「いやいや」と気を取り直す。


「でも、晶と一緒にいるのは楽しかった。小学校の頃までは、夕飯の買い出しに行く帰りに、いつもスーパーの売店によってた。かき氷とかソフトクリームとか食べて……」


 十年近く前の話は、高浜には「少し前」と感じるくらいだ。


 そんな高浜の様子に笑ってしまう八頭だったが、笑みが浮かびそうになるタイミングでバレルサウナの扉から流れてきた外気が顔を撫でる。


 二人の視線が向けられた先には、丁度、扉を開けた晶がいた。


「あ、いたいた」


 こちらもフロントで水着をレンタルしてきているのは、兄とその親友が話しているバレルサウナに入る気だからか。


「何だ?」


 高浜は折角の親友との語らいに入ってくるなという顔をするのだが、晶は構わず兄の隣りに座る。


「初めまして。名前は兄から聞いてますし、Riot Fleetsの観戦モードでも見てます」


「初めまして」


 八頭は思わず苦笑いしてしまう。血が繋がらないとはいえ、育った環境作りには高浜も関わっているというのに、晶の性格は高浜とはまるで似ていない。


「ゲーム同好会の会長をしてます。今年は新会員も入ってきて、艦隊戦もできるようになったんですよ。お兄ちゃんが提督役で」


 マシンガントークが得意というのも、八頭は知らない顔だ。



 ***



 そうして晶がバレルサウナに乱入している丁度、その頃、惇は遊具などが設置されているエリアを散歩していた。1万平米という広大な敷地の一角、眼前には四季の緑、遠目には多島海、眼下には市街地が望める、グランピング場で最も景色のいい場所である。


 スマートフォンで先日の艦隊戦を見直しながら歩く。


 ――最後、自爆で一気に傾けられてるよなぁ。


 勝てたのは、マグレ、運の要素が非常に強いのではないかと思わされていた。


 ――もし集束性高輝度ビームライフルでの狙撃に失敗していたら?


 ゆうのブルーローズが高浜の乗艦を撃破していた確率は高いように思える。それを打ち消すように首を横に振ると、別の結末も浮かぶが。


 ――いや瀬戸先輩が、同じように破損部分のパージをして追いかけてたか?


 この場合のもしもは、あまり考えても仕方がない。自分がどう動いて、この状況を迎えないかを考える事に意味がある。


 しかし名案など、一人では浮かばない。


「あーあ」


 と、呟いた時だ。


 ベンチに一人、腰掛けている男を見つけた。


「あ、さっきの」


 BBQを一緒にした相手だと近づいていくと、相手も惇に気付いて顔を上げる。


 アシュリーだ。


 アシュリーは顔を上げると同時にスマートフォンの画面を隠すものだから、惇もつい気になってしまう。


「見えちゃったので、すみません。Riot Fleetsの動画ですよね? やっぱり、やるんです?」


「一応……」


 アシュリーのいぶかしさが表情に宿っていた。


 だから惇は少し離れた場所で立ち止まり、


「俺、峰高の1年で、たかむら じゅんっていいます」


すぎ いずみ


 名乗り合っても、訝しさは消えない。


 だから惇が出したのは、ちらりと見えたアシュリー――杉のスマートフォンが映していた動画の話題。


「艦隊戦でしたよね? うちの先生も、艦隊戦が得意なんですよ」


 心持ち胸を張る。


 しかし……、


「単縦陣で、戦艦で最も大事なのは速力だ――って」


「単縦陣……高浜……」


 杉の眉間に刻まれる皺は、深くなった。


 深くなり、杉の腰を上げさせる。


「そうなんだ。ごめん。食べ過ぎたみたいで、お腹がね……」


 それは誤魔化すための言葉。



 杉が見ていた動画は、高浜の艦隊とPoit Blank艦隊とが戦い、それを揶揄するものだ。



 峰高校ゲーム同好会と、ベクター・ツヴァイトのバファロー・リード艦隊の衝突は、この時に決定的になった瞬間である。

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