第32話「キャンプファイヤーじゃないから!」

 焚き付けに火を点け、細かな炭に着火して風を送れば、大きな炭に火が点くまで5分程度。


 そこから30分程をかけて大きな炭をBBQに必要な温度まで上げていく――そんな時間にベクター・ツヴァイトはいう。


「このグランピング場、こういう時間も楽しめていいんだ」


 サムと交代でうちわを扇いでいるじゅんに、ベクター・ツヴァイトは周囲を指差してみせる。標高300メートルの、山という寄り小高い丘といった方がいい場所だが、山の景色だけでなく、遠く多島海を眺められる絶好のロケーションである。


 汗ばむような陽気の中、炭火をおこしているのだから自然と汗が額から流れ落ちるようになるが、景色を見ながら飲み物を口に運んで話をすれば、惇の中から弥紀との小競り合いや、高浜と晶のちょっかいなど雨散霧消うんさんむしょうだ。


「最高ですね」


 炭酸飲料の甘さと苦みが胃に落ちて、汗で失われたものを補ってくれていく。


 そんな笑顔の惇とサムとに視線を行き来させるベクター・ツヴァイトは、「高校生?」と訊ねた。外国人を見慣れていないため、サムの見かけでは歳を推測できないが、惇の風貌からは4月から新たに高校へ上がったばかりくらいと推測できる。


「はい、ねみ高の1年です。こっちは1つ先輩の――」


「サマンサ・アップルベリーです」


 サムは気軽に右手を伸ばすと、やはり握手の習慣に馴染みのないベクター・ツヴァイトは面食らったような顔をしてしまう。


「ゴメン。八頭やず孝時こうじ


 ベクター・ツヴァイト――八頭は名前を告げて握手を帰した。


 丁度、そのタイミングで駐車場から特大サイズのビニール袋を片手に高浜が姿を見せる。


 惇は慌てて手伝おうと小走りになるのだが、顔を上げた高浜の視線は手助けに来てくれている惇を通り越し――、


「八頭さん」


「高浜さん? あぁ、峰高って、あぁ!」


 高浜と八頭は共に目を丸くし、続いて笑い合った。


 その笑い声を聞いた訳でもないだろうが、ドームテントから晶と弥紀が姿を見せる。何やら難しい顔をしているのを見て、高浜は察した。


「なかっただろ?」


 主語が省略されているが、晶も弥紀も何を指しているのか察せられる。


 その上で、二人が目を向けると、高浜は「それ」を片手に持って示すのだから。


「俺が持ってるからな」


 晶は「あ、ずっこ!」というものだから、高浜は大きく溜息。


「お前くらいの歳で飲んでると、背が伸びなくなるぞ」


 しかしそういわると、晶はこれでもかとばかりに胸を張るのみ。


「このメンバーで、一番、背を伸ばしてるの私なんだけれどね?」


 177センチと、男子から見ても長身の晶である。高浜よりも高いのだから、言われる筋合いはないとでもいいたいのだろうが、今ばかりは高浜が鼻先で笑う番だ。


「今は違うぞ。八頭さんが――」


 と、自分の横に立っているベクター・ツヴァイトこと八頭を指す。僅か――ミリ単位の差で八頭が高い。自慢にならんといいたかったのかも知れないが、八頭の姿を見た晶は、兄を横に突き飛ばし、


「ベクター・ツヴァイトさん? お兄ちゃんのフレの?」


 八頭がベクター・ツヴァイトのアバターを自身に寄せていたのが幸いした形だ。


 そしてベクター・ツヴァイトの名前は、惇も知っている。


「あぁ、瀬戸先輩が書いてたハガキの?」


 いつ、どこにいた人か分からない相手へのハガキを預かる郵便局で書いていた名前であり、晶が常勝軍師(笑)じゃない、本物の提督だといった相手でもある。


 八頭にとっては唐突の展開であるが、目を白黒させる程ではない。


「高浜さんの妹さんでしたっけ?」


 高浜とは顔を合わせた事があるが、妹の晶までは知らない。「オフラインでは八頭です」と名乗る。


「瀬戸 晶です。よろしく――」


 と、晶が返したところで、弥紀が「ほーん」と間延びした声を出す。ベクター・ツヴァイトの名前は弥紀も覚えていた。


「なるほど、なるほど」


 そう笑いながら、高浜が買ってきた食材に目を向ける。


「折角だし、全員でBBQやろうよ」


 そして目に付いたのは、ファミリーパックとは別パックになっている分厚い肉。


「景気づけにサーロインから焼こう!」


 サーロインを惇が火を起こしたカマドに並べていくと、コムギは「え?」という顔をしてしまう。


「ちょっと待って、サーロインをそんなに並べると――」


 サーロインのような脂の多い肉を一気に並べると、その脂が白熱した炭にしたたり落ちていく。



 それは即ち、カマドから火柱が立ち上る光景に繋がってしまう。



「おおおお!?」


 傍にいた惇が悲鳴を上げ、水の入ったバケツへ手を伸ばすのだが、その手を弥紀は止めた。


「ちょっと待って、ジュンくん」


「何だよ!? とんでもない事になってるだろう!?」


「待てって。ここは写真の場面よ!」


 弥紀がスマートフォンを取り出すと、惇は眉をハの字にする。


「キャンプファイヤーじゃないんだから!」


 また一層、笑いが起こった。


「……」


 そんな中、スマホを開いているのはもう一人。


 アシュリーが眉間に皺を刻んで見ている画面には動画。


 ――無意味な拡散してんじゃねえ! 勝負は時の運だろうが!


 機化猟兵や戦艦が撃破されている映像の途中に、SNSの画面が差し込まれていく動画には、煽るようなコメントが踊っていた。


 ――よう雑魚wwwww散々強がって愛機(片腹だいばくれつ)に2連敗したのかよwwwww


 ――廃人持論を展開する。自機への愛否定→自機への愛否定が気に入らない一般人と口論。いきなり引退を賭けた大バトルへ発展→廃人あっさり負ける→廃人俺ルールじゃ負けじゃねーから。泣きの再戦→艦隊戦でもまた負ける→勝負は時の運。


 その動画を見て、アシュリーは呟く。


「酷いチームがいる……」

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