第31話「白熱させられる」
春の連休といえば、キャンプやBBQといったアウトドアレジャーに丁度いい季節である。グランピング場を予約できたのは、正に幸運。
7人乗りのワンボックスカーを回す駐車場には、すでに他の車が停められていた。山裾に広い敷地を持つグランピング場は、整備されたと思わせない工夫を凝らした山を背景に、手をかけている事を示す花壇が出迎えてくれる。
カフェが併設されている棟が受付の外観も、この雰囲気に溶け込むログハウス風。
思わず走り出してしまいそうなになるゲーム同好会の面々だが、
「荷物は、各自で持って行ってくれよ」
たかが知れているとはいえ、高浜はカバンを5つも抱える気はない。タオルなどのアメニティは各棟にあるのがから、皆のカバンの中身は着替えと遊び道具だ。
だが
「レディーファーストという人類最高の発明が――」
惇に運ばせようというのは車内に引き続く小競り合いで、今度は
「いや、持とう」
自分のカバンは肩にかけ、弥紀のカバンは弥紀自身へ突き出す。
「色々……触られたくないものも、あるだろう?」
「あー、うん。そうね」
と、弥紀がカバンを持った瞬間、高浜が動く。
「待て! 特に晶、中身を確かめさせろ!」
妹の性格を知る高浜が、他人に触らせたくないものといわれて思い付くものは下着などではない。
晶はフッと笑い、
「いいさ」
カバンを高浜へ差し出す。その表情の下に言葉をひとつ潜ませて。
――ブラフがからね。
晶と弥紀のカバンには、何もない。
しかし高浜は読む。
「サム、お前だな?」
「Oh!」
本命は
「……中身は?」
「その、何だよ……お酒」
「バカなのか、お前は!」
当然、没収である。
***
しかし高浜の妹である。血は繋がらないが、親子ほども歳が離れているからこそ、その背を見て育ったのだ。
「さて、お昼のBBQだけど――」
「それは夜だろう?」
高浜が
「山の陽はすぐ落ちるといったじゃないか」
高浜がいった事だ。
「だから早く休むほうがいいんじゃない? だからBBQをするなら、ゆっくりできない夜じゃなく昼だろう?」
ならば、と立てたロジックである。
「ほら、炭もあるじゃないか」
グランピング場が全てを用意してくれているのだからできる、という晶であるが、高浜は首を横に振るしかない。
「夜やるもんだと思ったから、フロントに食材を頼んでいる時間は夕方なんだ」
炭や着火ゼリーはともかく、食材は夕方まで届かない。
「それは、お兄ちゃんのミスだろ。私の責任じゃないよ」
晶はフンと強く息を吐きだして、
「どうする?
「チッ」
高浜は舌打ちを一度挟むが、晶のいう事を尤もだと思うメンタリティなのは兄妹だ。
「買ってくるよ。火は起こしておいてくれ」
もう一度、車のキーを手に取り、ドームテントから出て行く高浜。
その足音と気配が十分、遠ざかった所で、晶は動き出す。
「探せ!」
奪われたスキットルだ。
「あの……そこまでしなくても……」
酒など、そこまでして飲まなければならないものか、と惇は呆れ顔になるのだが、弥紀はそんな眼前に炭と着火ゼリーを突きつける。
「アンタは、サムと一緒に火起こし!」
高浜が帰ってくるまでに、焼く準備をしておけと、これも有無をいわさない強い口調でいった。
***
しかし惇は勢いに押されただけである。
「火起こしっていわれてもなぁ……」
未経験だ。BBQのできる耐火レンガ製のカマドを前にして、途方に暮れるしかない。
「サム先輩、知ってます?」
アウトドアならばアメリカが本場だと目を向けられるも、サムは首を傾げて、
「炭を並べて火を点ければいいのですよ」
簡単にいったのは、知らないからだ。
ライターの炎では、直に炭へ向けてもつかない。
「おかしいデスね?」
「……着火ゼリーってあるから、これを塗るんですかね?」
炭にゼリーを塗ると、今度は炎が点いた。
しかし、それでやったやったと喜んでいると、ゼリーが燃え尽きると乾いた炭が残るのみ。
惇は「え~?」と不満そうな顔を見せる。
サムも同じような顔をしていたのだろう。ふと横から、女性の声がかけられる。
「あの……」
おずおずといった雰囲気の声は、見るに見かねたのと、余計なお世話かも知れないという両方が感じられた。
サムと惇が振り返ると、そこにいたのは同じく昼食BBQを始めようとしていたコムギの姿が。
「苦戦してるようですけど、大丈夫ですか? 手伝いましょうか?」
地獄に
「あ、お願いします!」
飛びつく惇に、コムギはベクター・ツヴァイトに手を振る。気にしていたのはベクター・ツヴァイトで、コムギは橋渡しをしただけだったようだ。
ベクター・ツヴァイトは焦げだけ残した着火ゼリーの跡を一瞥して、
「火は上にあがるけど、下は熱くもならないんだ」
着火ゼリーを塗った炭を一番下に置かなかった事が第一のミス。
「そうなんですね。全然、知らなくて……」
照れ隠しする惇に、ベクター・ツヴァイトは「そうなんだ」といいながら、着火ゼリーではなく、木切れのようなものをカマドに並べていく。
「着火ゼリーより、俺は昔ながらの文化たきつけが好きでね」
並べたのは、木を圧縮して高温で一気に燃える
「炭も、こう……煙突みたいに縦に並べて、空気が通らないともえない」
並べ方で空気の通り道を作らなかったのが、第二の失敗である。
「大きいのの隙間に砕いて小さくしたのを並べた方がいい。炭は火が点くと簡単には消えないけど、発火点まで到達するのに時間がかかるから」
火が点きやすい大きさにしなかったのが、第三の失敗だった。
「さ、火を点けて――」
ベクター・ツヴァイトがライターを近づけると、見慣れない惇は「お!」と声をあげるくらいの勢いで焚き付けが燃え始める。少しばかり腰が引けてしまうが、ベクター・ツヴァイトは惇にうちわを渡す。
「ほら、下から風を送るんだ」
風を送り、細かく砕いた炭に火を点けなければならない。
「はい!」
ふらふらを扇ぎ始める惇だったが、ベクター・ツヴァイトは「ほらほら」と煽るように手を振り、
「火柱が立つくらいで丁度いいから。ゼリーは案外、燃え尽きるのが早いけど、文化たきつけは割と長く燃えるから」
温度を上げろをいうと、サムが笑い出す。
「Hey! 迷いを捨てて」
それは寧ろ炎の勢いより、惇の体温を上げろという風に。
「熱くなれヨ!」
煽るのは得意だ。
「5分耐えろ。大抵、それで――」
と、ベクター・ツヴァイトは焚き付けの近くに配置した細かい炭を指さす。
「点いた!」
もう大丈夫だ、と汗だくになった惇の肩を撫でる。
「炭が白くなった。火が点いたから、もうゆっくり扇いで、大きい炭に火が点くのを待てばいい」
よく頑張ったというのは、ベクター・ツヴァイトだけでなく、サムも。
「代わりマスよ。お疲れサマ」
惇からうちわを受け取り、パタパタと扇いでいく。
その横で、惇は「フゥーッ!」と大きく、深く深呼吸。
「なかなか、キツいもんですね……」
その顔が苦笑いに代わる一言が、ベクター・ツヴァイトから来てしまうが。
「着火してもBBQできるくらいになるのは、ここから30分くらいかかるけどね」
「うへェ」
しかしそういいながらも、惇は「でも楽しいです」といった。サムやベクター・ツヴァイトの煽りで盛り上がってしまった。
そこへコムギが「どうぞ」と、お茶と炭酸飲料を持ってくると、
「あ、ありがとうございます。なら炭酸のほうを」
思わずベクター・ツヴァイトが笑う。
仲間内で不評だった炭酸飲料が、ベクター・ツヴァイトは大好きだ。
「炭が白くなってきたな。これが白熱の語源らしくてな。こっちも白熱させられる」
この言葉は、パステルイエローのポロシャツと生成りのボトムという服装通り、オヤジギャグだろうか。
ただ惇もサムも笑った。
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