第30話「小競り合いの話」

 ほどなくしてアシュリーの前に赤いSUVが横付けされる。


 運転席から降りてくる男は、弥紀みのりたちよりも年長の成人だった。


 ベクター・ツヴァイト。


 Riot Fleetsのアバターと同様に6対4に分けた短髪を、6の右側はアップに、4の左側は後ろに回した髪型に、180に届こうかという長身。アバターとの違いは、赤いハーフフレームのメガネと、今の服装が生成りのボトムに、明るいパステルイエローのポロシャツという点か。服装のコントラストは、些かオヤジ臭いというべきかも知れないが、本人は気にしている様子はない。


 ベクター・ツヴァイトは片手を上げて笑いかける。


「こんにちは」


 ゲーム内では何度も顔を合わせているが、ゲームを介さずに会うのは久しぶりだった。荷物を入れるようにラゲッジルームを開けながら、ベクター・ツヴァイトも暑そうに胸元を扇ぐ。


「コンビニとか、涼しいところで待っていればよかったのに」


「見つけやすい所がいいかと思って」


 アシュリーは苦笑いし、それもそうだったと思いつつも流した。ボストンバッグを入れるラゲッジルームには、もう二人分の鞄が。


 アシュリーがカバンをラゲッジルームに入れて回ろうとした助手席には、もう人が乗っている。背中に流したセミロングの髪が涼しげな女で、歳はベクター・ツヴァイトよりも若く、成人したてという所か。その髪についている跡が、彼女が看護師や介護士のような纏めなければならない仕事をしている事を示している。



 彼女こそが、ベクター・ツヴァイト麾下きかのエース、コムギである。



 コムギは額に落ちる前髪を鬱陶しそうに掻き上げ、


「初めまして」


 コムギとアシュリーは初対面だった。


「こちらこそ、初めまして、コムギさん」


 ばつが悪そうに一礼したアシュリーは、後部座席に乗り込む。車内は程好く冷房が効いていたが、助手席からコムギが缶ジュースを両手ににもって振り返った。


「お茶と、炭酸があります。どちらにしますか?」


「あ、ならお茶を」


 コムギが「はい」とアシュリーにお茶を手渡すと、もう片方にあった炭酸飲料はベクター・ヅウァイトが手を伸ばした。


「俺はこっちもらう」


 炭酸飲料を開けながら零れる苦笑いは、炭酸飲料もお茶も買ってきたのはベクター・ツヴァイトで、炭酸飲料は最後ので残っていたからだ。


 炭酸飲料を一口、飲み、ベクター・ツヴァイトはSUVを発車させる。


「とりあえず、炭は買ってあるから、スーパーで食材かな」


 三人の鞄と共に、ラゲッジルームには木炭がある。


 それを振り向いていたアシュリーは不思議そうな顔をして、


「買った? グランピングって、あっちにないっけ?」


「あっちで買うより、ホームセンターの方が安いから。ポイントもつく」


 と、運転席でマゼンタのポイントカードを見せるベクター・ツヴァイトが向かう場所。



 グランピング――奇しくみね高校ゲーム同好会と同じ場所である。



 SUVは一路、国道を進む。



 ***



 キャンプ愛好家にとってグランピングは邪道だという者もいるのだが、高浜たかはまとしてはロッジやコテージがある方が安心できる。


 ――防犯が恐い。


 ソロキャンプの楽しさも知っている高浜だが、妹や教え子を連れて行くのは抵抗がある。特に弥紀みのりじゅんはキャンプ初心者どころか、未経験者なのだから。あきらは少々、不満そうであるが、他の面々には概ね好評である。


 高浜の譲れない点に、惇は賛成だ。


「俺はコテージがある方がいいよ」


 惇が「お風呂がね……」と軽く溜息を吐くと、高浜はルームミラー越しに視線を向ける。


「篁は風呂がいるか」


 しかし答えたのは弥紀。


「惇は真夏でもバスタブにお湯張りますよ」


 少々、うんざりした顔をする弥紀は、夏はシャワーで済ませるタイプである。


 理由は惇の物言いだ。


「シャワーだけじゃ、汗が落ちた気がしないんだよ」


 汗をシャワーで流すだけでは足りないというのは、弥紀に真っ向から冷や水をぶっかけるような言葉だ。それを子供の頃から家来同然だった――故にゲーム同好会への半強制的に入会させた―惇にいわれると納得しがたい。


「おーおー、節水っていわれる中、あんたは毎日240リットルも使うのか」


 これは弥紀と惇の口げんかの開始を告げる号砲である。


「寧ろ何でバスタブに入る水量を知ってるのか気になるよ」


「入れてるからだよ、うちのお母さんも。240リットルでお湯張りを始めますって毎晩、合成音声が流れてるよ」


 弥紀の母親と惇の父が姉弟であるから、血が繋がっている。


「俺は210で入れてるなァ」


 下らないケンカである。これがカップルならば痴話げんかなのだろうが、いとこ同士では小競り合いだ。


 実に聞き苦しいが、そんな二人にサムは笑顔でスマートフォンを示す。


「アーアー、二人ともケンカしなくても、このグランピング場は温泉があるらしいですヨ。バスが嫌いなら、バレルサウナもありマスね」


 4棟だけのグランピング場には、定番のBBQ場に加え、バレルサウナや天然温泉も備えた豪華な施設だ。


 同じくスマートフォンでグランピング場を見ている晶も、ヒューとわざとらしく口笛まで吹く。


「この急な時期に予約が取れたのは奇跡的だな」


 ケンカを治めてくれたグランピング場の情報に感謝する高浜は、山裾に見えてきた姿に感謝した。

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