第27話「新たな翼」

 形としては艦隊戦であるから、戦闘フェイズは60秒しかない。通常、1対1ならば決着を付けるには十分な時間であるが、実力伯仲している者同士が撃墜されない事に軸足を置いて戦えば、時間切れは往々にしてある。


 途中からあきらと交代していたじゅんは、自分が戦い続けていたらどうなっていたかと考え込んでしまう。


「60秒って、絶妙ですね……」


 時間切れではなく、撃墜される結末だったのではないか、と。


「クォールさんの方が、ずっと上手くなってる」


 一人で4人を抑えている事を考えると、クォールはどこまで上達してるんだ、と舌を巻いてしまう。


「……」


 そんな惇の姿に、高浜たかはまあごに手をわせて考える。


 ――腕は兎も角、装備だな。


 トライ&エラーを繰り返してきた事は想像に易い。近接戦闘を主眼に起き続け、バトルロワイヤルでも一機で戦えるだけの装備を積み上げてきたクォールは、充実度が違う。


 ――もしも同程度の深化を遂げた機化猟兵きかりょうへいがあれば……?


 眉根を寄せた所で、高浜は「あ」と大声を上げ、同じく考え込んでいた惇の顔を上げさせた。


「先生?」


「あるぞ、まだ打てる手が!」


 高浜は改めて「たかむら」と呼びかけ、


「次の移動フェイズ、とにかく艦に戻ってこい。このターンは捨てる事になるが、60秒後だ」


 高浜の言葉には、自然と力が入っていく。



「いい勝負をさせてやる」



 ハッタリをいう男ではない。それは皆、知っているのだが、具体的な手が浮かばない、とサムは首を傾げるばかり。


「換装できる装備がありマスか?」


 手持ち武器のアップデートはできるだろうが、ただ威力を上げるだけで「いい勝負」はいい過ぎだ。接近戦という核があるクォールに対し、惇には特化したものがない。


 高浜も首を横に振る。


「換装なんかは付け焼き刃に等しいからな」


 だが高浜から更なる説明はない。


「さ、行ってくれ。待たすのも悪いだろう?」


 思考時間を長々と取るのは、この対戦では無粋だ。


「晶、すまないが頼む」


「任せて」


 晶は手の感触を確かめるように、拳を握って開いてを二度、繰り返した。


 ――けどクォールさん、格段に上手くなってるからね。


 油断のできない相手になっている。晶はあらゆる状況に対応できるが、それ故に一つ一つは薄い。接近戦に特化させているクォールと同じ土俵で戦おうとすると、一歩、及ばないと感じさせられる。



 ***



 移動フェイズでは、双方に動きらしい動きはない。戦闘が発生している距離に入っているのだから、精々、位置取りを変えるくらいだ。


 ただ惇を除いては。


「退く!?」


 クォールは驚いた。晶と交代したとはいえ、援護し合える位置に入るものだと思っていた。惇のスプライトは晶の熱風ねっぷうから最も大きい影響を受けている。


 ――Mメーサー・Vバイブレーション・Eエッジとパルスレーザー式突撃銃しか装備していないスプライトだろ。中・近距離がメインだ。退く?


 狙いを探るには、移動フェイズの時間は短いかも知れないが、決断するだけならば十分。


 戦闘フェイズへ移った瞬間、クォールは思い切りホイールダッシュで加速していく。


 ――追う!


 惇たちが何を狙っているのかを察する時間はなかったが、惇を無視して晶と戦うのと、晶を振り切って惇を追うのとでは、後者に乗るのが楽しいはずだと決断できた。


 振り切られまいと晶も動く。


「おっと!」


 ビームライフルの照準を合わせ、トリガを――、


「上手いな!」


 晶を思わず唸らせる程、クォールは小刻みに、バッタのようにジャンプしてビームの光芒を回避する。


 そのまま時間切れまで回避し続けはしないが、一度、回避すればワイヤレスガンポッドが飛来して晶の銃撃を阻害していく。この辺はクォールの面目躍如である。


 ――ショットガンじゃ狙えないか!


 戦闘フェイズでできる追撃では、ショットガンの射程に惇を捕らえられなかった。


 ――それにあんまり近づくと、狙撃もあるな。


 次の移動フェイズでサムの狙撃を食らってしまうのも面白くない。


 そこへいい切っ掛けが訪れる。


「エレメンタルソングが来るか!」


 頭上から飛来するビームが、クォールの足は完全に止めてしまう。晶の援護に弥紀みのりが来た。


 弥紀は晶とクォールの間へ強引に割り込み、


「2対1には、させてもらうから」


 クォールのショットガンをアクティブバインダーで受け止める。飛来するワイヤレスガンポッドの銃撃には被弾してしまうが、晶の盾として1対1を二組にしようとするクォールを、常に2対1の状態へ引きずり込んでいく。



 ***



 そんな年長者に助けられて帰還した惇は、機化猟兵から降りた瞬間に驚愕させられる事になる。


「これ……え?」


 自分が降りたのは愛機だったはずが、目にした機体はスプライトではなくなっていたのだ。


 グレーにダークブルーのワンポイントだった塗装は、白をベースとし、二の腕や脹ら脛がすみれ色という塗装。


 妖精のはねのようにバックパックから張り出していた推進器は、すっきりとした形に変わって装甲の一部と同化するデザインへ。


 機化猟兵の機体名も、スプライトではない。



 フォーレスト。



 呆気にとられている惇の肩に、高浜が手を置く。


「プロモーションってシステムだ」


 チェスで昇格を意味する言葉を冠したS級の機化猟兵だけが持つ特殊演出である。


「戦艦1隻、機化猟兵を2機、そしてコンコルディアが戦闘機と判断するくらい強化されたワイヤレスガンポッドを2基。それだけのスコアを上げると、S級だけは昇格っていうのが起きる。とっととA級にしてしまうから、あまり出会でくわさない機体になるぞ」


 惇にもあったのだ。


 クォールが接近戦を主軸に組み立ててきたように、惇にも組み立てられていたものがある。



 クォールと出会い、晶や弥紀、サムと死線をくぐり抜けてきたS級のスプライトを維持する事――そのために鍛えた腕に、S級は昇格という形で応えたのだ。



 クォールが自らの矜恃で作り上げたノッカーと同様、惇の矜恃が今、形となった。


「もう一度、アタックできるだろ」


「はい!」


 惇の声にも、胸の高鳴りが上乗せされている。

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