第24話「名手たち」

 見慣れてきたRiot Fleetsのロビーに、じゅんが見慣れていないアバターが来る。


 長身のアバターはクォール――大輔だいすけだ。髪型を、まとまりの悪い髪をハーフバックにした様なデザインにしているのにも、その黒髪にさり気なく紺色のハイライトを入れているのも、センスが光ると惇などは思ってしまう。目は一重瞼の切れ長にし、目尻を少し垂れ気味にしつつも、眉は太眉でやや目つきを悪くするところもこだわりが分かる点だ。


 パイロットスーツは耐圧服を思わせる素っ気ないもの故に、薄紫一色であるのがヒーロー然としている。


 総じて惇から出てくる言葉を一言に集約させる。


「かっこいいな」


 何より、現実の大輔がゲームの中に入ったらこうなる、と納得できるアバターであるのが、惇に格好いいと感じさせる。


 そうやって一言に様々な思いを込めるていると、大輔にも伝わる。


「形から入る方なんだ」


 拘りは、ゲームに没入するために欠かせない。


 そして男子二人が通じ合うと、こそこそと弥紀みのりなどは遠巻きにして行く。


「攻めね。鬼畜攻め」


 惇を辟易へきえきさせる単語が、ヒソヒソと耳に入ってしまうが。


「失礼だろ!」


 振り返ると同時にカッと怒気を放つも、弥紀は左手をプラプラとさせるのみ。


「あんたじゃないのよ」


「だから失礼なんだよ!」


「何よ? じゃあ、あんたが鬼畜受けになる?」


「どういう状況だよ……」


 あまり用語に詳しくはないが、今、弥紀が口にした単語が存在しないのはわかる。


「サム先輩や瀬戸せと先輩もいるんだぞ……」


 呆れたと額に手を当てるも、サムは寧ろ惇に向けて小首を傾げてみせて……、


「私も、興味の深さに対し、知識が浅くて困るくらいですカラ、構いまセンよ?」


 弥紀の側だった。


「そうッスか……」


 と肩を落とす惇に、サムはHAHAHAとアルファベットで書くような笑顔を見せると、


「ところで、恥の掻き捨てついでに訊きたいのですが、ヤオイ穴というのは、具体的にどこなのですか?」


「おお、それは――」


 と、弥紀と共ににじり寄ろうとすると、惇も溜まらず手を振り払うように振る。


「引かれてるぞ!」


 大輔の前だぞといわれるも、大輔自身も笑っているだけだ。弥紀もケタケタと笑い出す。


「理解のある方みたい」


「だとしてもだよ……瀬戸先輩?」


 助け船を出してくれ、と晶を振り向く惇だったが、晶は今、行われている対戦の方を見て、弥紀たちの遣り取りを見ていない。


「先輩?」


 もう一度、惇が声をかけると、漸く晶は「すまない」と声だけを向ける。


「今、艦隊戦をしている人が気になってね……」


 艦隊戦をしているチームがいたのだ。惇が「珍しいですね」というと、晶は「珍しいだけじゃない」とあごをしゃくった。


「この前の、文野や圷みたいな、なんちゃって常勝軍師(笑)じゃない、本物の提督だよ」


 その声には、兄をも上回る手合いだ、という響きだあった。


 艦隊指揮官の名は、ベクター・ツヴァイト。弥紀ならば知っている名だ。



 ***



 艦橋に立つ男は、パンッと掌を拳で鳴らした。ベリーショートを6:4に分け、右の6はアップに、左の4は後ろに流した髪型に、鋭い目をメガネで縁取らせたアバターを使う男が、ベクター・ツヴァイトだ。


 ベクター・ツヴァイトは自艦隊の軌跡に必勝の笑みを浮かべ、


「アシュリーさん、よく見つけてくれた!」


 高浜と同じく、単縦陣と取る艦隊の最前列は、ベクター・ツヴァイトが最も信頼する艦長が指揮する艦である。


 その艦長・アシュリーは、敵艦隊を横切って、

少々、強引にではあるが、敵艦隊の背後へ回り込もうとしていた。


 戦場マップは当然、無限ではない。艦隊戦は機化猟兵戦に比べて広いとはいえ、が存在する。


 背後を取られないように、境界ギリギリに艦隊を寄せての待ち伏せは、鉄壁の防御と思っていたのだろうが、ベクター・ツヴァイトは裏をかいた。


 相手艦隊は驚愕する。


「いきなりくるか!? 普通、次のターンだろ!」


 移動フェイズは艦隊の陣形を整えて終わるのが普通がというのに、ベクター・ツヴァイトは数が揃っていればいいとばかりに突っ込ませたのだ。


 先頭を行くアシュリーにも迷いなどない。陣形は崩れるが、単縦陣は先頭の艦に追従する事を基本とする。少々の乱れ気にするのはナンセンス。


「艦隊と境界に隙間がある! そこへ!」


 乗艦の艦橋で声を張り上げるアシュリー。少年的、あるいは中性的な風貌で、ウルフカットの髪型を持つ男性としては小柄、女性ならば長身というサイズのアバターに、精一杯、背伸びさせて。


 境界が明確に表示されてない事がアシュリーに味方している。


 砲撃を加えられる15秒のために突撃してくるとは想定外で、対戦相手は用意していない。


「撃て撃て!」


 たかが15秒というが、一方的に撃てるならば値千金だとアシュリーは砲撃を命じる。


「距離が戦闘フェイズが発生する距離まで詰めたんだから、撃つ方がお得だよ!」


 アシュリーの念頭にあるのは、ベクター・ツヴァイトが想定しているのが戦闘フェイズまで隙間なく打ち続ける事だ。


 戦闘フェイズに突入する。


 漸く対戦相手も反撃を開始するが、15秒の砲撃が先頭の艦に与えたダメージは甚大。アシュリーは冗談めかしてベクター・ツヴァイトにいう。


「陸側は満員ですよ」


「なら海側を行かしてもらおう」


 ベクター・ツヴァイトは乗艦の進路を、アシュリーの艦と共に敵艦を挟む位置へと進める。


 挟撃されれば、先頭艦に勝機はない。


 そのままベクター・ツヴァイト艦隊は対戦相手を分断するように動き、通常、Riot Fleetsでは現れない光景が出現する。


 ベクター・ツヴァイトの笑みを強める光景、それは――、



「敵旗艦だ!」



 旗艦同士の邂逅。


 ここで双方、機化猟兵を出撃させる。共に旗艦が近いなら、機化猟兵で文字通り、一発逆転が狙えるのだが……、


「色気が出るだろ?」


 旗艦を最前線まで上げたのは囮だ。


 一発逆転を狙い、対戦相手はベクター・ツヴァイトの旗艦へ機化猟兵を殺到させる。


 ベクター・ツヴァイトも出撃した自陣営のエースに告げるのだが、


「コムギさん、頼む!」


 頼むといっても、敵旗艦の撃沈ではない。


「はい!」


 ショートボブで縁取られた卵形の顔に、鋭い眼光を湛えた女性パイロットが狙うのは、飽くまでも迎撃。


 先頭を飛ぶ機化猟兵へ発射した弾頭は、大きな――余りにも巨大な火球となる。


 対戦相手の度肝を抜く。


「反応弾だと……」


 本来、対艦用の特殊兵装である。


 その爆炎は対戦相手の機化猟兵を硬直させ、その隙をベクター・ツヴァイトとアシュリーの乗艦が十字砲火で撃沈する。



 ***



 惚れ惚れする、と晶は目を閉じ「んー」と口元を綻ばせた。


 そこまでではないにしろ、惇と大輔も珍しい艦隊戦で、鮮やかな勝利を収めている光景には感じ入る。


 と、大輔が「そうだ」と、何か思い付いた顔を振り向けた。


「戦艦も出して、4対4でしないか?」


 丁度、戦艦1隻で機化猟兵を4機、搭載できる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る