第19話「単縦陣の真価」

 移動フェイズで砲撃できるのは15秒。戦闘フェイズが60秒ある事を考えれば、極々、短い時間である。


 そして砲撃は、大半をCPUに任せるため命中率がいいともいえない。


 つまり高浜たかはまが採った小口径の速射砲を連発するという戦術は、効率の面でいえば最悪である。


 故にゆうもこう思う。


 ――砲撃するにしても、人を主砲に配置して前面から撃つ方が良いに決まってる!


 故に機化猟兵きかりょうへいと組み合わせるまでもなく、全艦の艦首が揃う横陣おうじんこそが基本なのだ、と。


 だが高浜は反論するだろう。


 ――砲口を揃えるだけなら、側舷そくげんに積む方がよっぽど集中する。


 大砲を側舷につけたのでは、発射の反動で艦艇がバランスを崩し、結果、想定した位置まで移動できない事すらある。


 そして名砲手などいない世界である。


「手数で勝負すれば、結果的に命中率は上がる」


 何よりも、6隻全てを束ねれば60門もの砲がある。速射砲であるから、15秒間に放てる回数は1回や2回という事はない。


 おおよそ500発を超える砲撃が加えられれば、さしもの悠や文野自慢の重厚な装甲も貫かれる。砲撃は圷にも怒鳴り声をあげさせる程。


「6番艦、炎上!」


 最右翼に配置していた戦艦が火を噴いていた。現実ならば宇宙で爆炎や煙は有り得ないのだが、ゲームの中ではダメージを図る指標として煙や炎が見える。


 苛立ちをかき立てられたあくつが出すのは、悲鳴などでは断じてない。


 怒りの怒鳴り声だけに、文野あやのも同調してしまう。


「砲撃を!」


 撃たれっぱなしでいられるかと声をあららげる文野だが、その口から火でも吐くのかというくらい灼熱した言葉とは裏腹に、Point blank艦隊自慢の艦首主砲は高浜の乗艦を炎上させられなかった。


 Point blank艦隊の軌道は、高浜が読んでいく。


「艦首から22度強の角度を付けるのが理想だが、25度ある。十分だろ」


 大砲を持っている艦艇の真正面は避け、暗礁域に潜る事で命中率を下げさせる位置についている。


 それでも飛来する砲弾は、じゅんの口調を慌てさせた。


「先生、撃ってきます!」


 自分たちが思うままに命中させているだけに、その慌て振りは、敵の弾も当たると思い込んで滑稽こっけいなくらい。


「あぁ、撃たれてる」


 しかし高浜は涼しい顔で、


「ただし一発も当たってない!」


 当然だと頷く。


「暗礁域に向かって、しかも炎上している最右翼の戦艦越しに狙っても当たる訳がない!」


 単縦陣の不利など知っているし、高浜は全ての行動に意味を持たせている。


 もし悠や文野が、砲撃だけは単縦陣たんじゅうじんが有利だと思考の隅にでも置いていたら、高浜が砲撃戦を挑んでくる事も予想できたはず。また高浜が用意した艦隊が全て移動力のみに注力している事を加味すれば、この状況に持ち込みたいと読めたはずなのだ。


 だから高浜はこう思う。


 ――相手のミスだ。いや……。


 しかし打ち消して口から出した言葉は、


「策というものは、決まると格好いいだろう?」



 格好いい――ゲーム同好会が常に求めているものの一つだ。



 そうでもしなければ、悠と二戦もやらなければならない妹たちの鬱憤うっぷんを晴らしてやれない。


「ターン終了」


 ここまでは一方的だが、Point blank艦隊に比べ、装甲に不安を持っているゲーム同好会は、決して楽勝になりはしない。


 移動フェイズの前、思考する時間が来ると同時に、惇が高浜に投げかける。


「次は、どうしますか?」


 見た目程、楽勝ではないと考えられるのは、悠との一戦を経験しているからか。こちらが想定している事をできなくなれば、途端に危機が訪れる事を知っている。


 だが高浜は態度を崩さない。


「同じだ。何が何でも先頭の艦艇について行く。全砲門を使って一隻を叩く。順番に一隻ずつ、的確な距離になったら一気にぶち込む。それだけだ」


 指示も単純であるから、入力も早い。思考に時間を使わない事は、いざ移動になった時、ボーナスタイムを発生させる。5分使い切るのと、1分で決定するのでは、移動距離に差が出るのだ。


 ――いちいち煩雑はんざつな指示を出そうと思ったら時間がかかる。動きも鈍る。複雑な戦術を練っても、伝達に手間取れば思い通りには行かない。


 高浜の思考は、ただ一つに集約できる。


「兵は神速を尊ぶ」


 これは戦闘フェイズの機動戦を意味しない。高浜は移動フェイズと砲撃こそが、艦隊の強さであると判断している。


「もしも、30秒で決定できたらどうなるか? ボーナスタイムを全て使えれば、どこからでも奇襲を仕掛けられる。決戦では先に陣を敷ける。有利な場所から戦端をひらける」



 高浜の艦隊戦に於ける必勝策だ。



 それに対し、悠は指示を追えるのに3分かけてしまう。


「反転はしない。こちらも全速前進して、敵の後方へ噛み付く」


 横陣のまま、単縦陣の最後尾に攻撃を仕掛けるというのだ。


「反転の最中は、側面を見せる上に、停止しているも同然になる。動くのは絶対だ。そして動くなら、敵の最後尾を突く」


 文野は「なるほど」と頷いた。


「ウロボロスの輪」


「そう」


 悠は目に宿る輝きに、これが必勝の策だ、という言葉を隠していた。


「二匹の蛇が互いを尾から飲み込もうとする姿になる。消耗戦の形になるが、互いが遅れれば、機化猟兵の間合いになる」


 初弾で負った不利を覆し、機化猟兵での決戦に持ち込めば勝機は訪れると考えている。


 しかし高浜が、その事態を想定していないだろうか?


「後方に食らい付いてくるだろうな」


 読んでいた。


 しかし特別な対策はない。


「何が何でも先行している艦について行け! ウロボロスの輪? そんなものにはならん!」


 蛇は蛇かも知れないが、単縦陣の高浜は敵の尾を飲み込もうとする蛇ではなく大顎おおあぎとだ。Point blank艦隊が向かった最後尾は、尾ではなく下顎である。


 食らいつこうとするPoint blank艦隊に対し、高浜は上下の顎で噛み砕くかのように動かす。


 当然のように、益々、圷の苛立ちが募る結果を呼ぶ。


「6番艦大破! 5番艦炎上中!」


 ターンが終わってPoint blank艦隊が受けたダメージは、いよいよ深刻になった。


 そして次ターン。


「5番艦大破!」


 圷の顔を真っ赤にさせた一撃は、艦隊が移動を開始する前に起こったのだった。


 砲撃と同じく戦闘ターン以外にも仕掛けられる攻撃には、もう一つ、狙撃がある。



 前ターンの最後に出撃し、暗礁域に潜んでいたサムが放った一撃だ。



「狙撃は、3ポイントシュートに似てますネ。淀みなく銃口から弾を出させたら、必ず当たりますヨ」


 バスケで得意とする感覚があるからこその攻撃である。


 続いて砲撃が更に重ねられ、その効果は圷の怒鳴り声を枯らせる程になった。


「4番艦炎上中!」


 4番艦は、左翼に配置していた艦艇だった。


 今、相手の尾を飲み込もうと動いていたPoint blank艦隊は、横陣とも縦陣ともいえない乱れた状態に陥っている。それを高浜の艦隊はいよいよ噛み砕き、飲み込みにかかる。


「本命を叩き込め!」


 砲撃の終了と共に、高浜は機化猟兵出撃の指令を飛ばす。


あきら熱風ねっぷう。出撃するよ!」


由佐ゆさ、レジオン。続きます!」


たかむら、スプライトです」


 パイロットが搭乗している機化猟兵の他にも、CPUに委任されたS級機化猟兵も続く。


 高浜はシートに身体を沈め、「ふゥ」と一度、深呼吸。


 ――気は抜けないがな。


 機化猟兵を積んだまま戦艦が大破すると、中の機化猟兵も撃墜扱いになる。戦艦の復帰には2ターン必要であり、搭載していた機化猟兵の復帰となれば、戦艦が復帰した更に次のターンだ。敵艦隊の6番艦、5番艦の復帰には猶予があり、事態は刻々とゲーム同好会が有利になっていくが、またまだ見た目と実情が一致しているとはいい難い。


 大詰めの機化猟兵戦で逆転されるのは、よくある事だ。


「ん?」


 艦隊運用が一段落したため、高浜は「それ」を見てしまう。


「6、5番艦は大破。4番艦は小破だが健在。残りは……?」


 指を差して数える艦影は、1番艦、2番艦、3番艦、4番艦の4隻ではなく3隻。


「1隻、どこに……?}


 高浜に悪い予感が走った。

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