第14話「I love――」

 荒々しいノックの主は、中からの返事を待たなかった。


 特に鍵をかけている訳でもないドアを開けた女子生徒は、中にいるゲーム同好会の5人を見て首を傾げる。


「あれ?」


 いたと思っていなかったという顔をする女子が誰かは、くるりと顔だけを向けた弥紀みのりが口にした。


「バスケ部?」


 先頭にいるのは女子バスケ部の部長で、背後には道具を持った後輩たちが。


 バスケ部の部長は不躾な視線を、ゲーム同好会の面々へ一巡させ、


「廃止になるんでしょ? できれば早く片付けてほしいんだけど」


 3年が引退した時点で人数不足になり、廃止になるはずだと、背後の後輩に持たせている道具を顎で指す。元が物置だっただけに、バスケ部の備品置き場にしたいのだろう。


「去年も、本当なら3人で人数不足だったのにね」


 少々、言葉に嫌みが滲む。人数合わせの名前貸しなど、部活動と認められているバスケ部から見れば邪道である。


 しかし今は、名前を貸しているだけの幽霊会員ではなく、正規の会員で4人だ。


 弥紀は立ち上がると、胸を張ってじゅんを押し出す。


「残念。正会員が入って4人です。ゲーム同好会、継続です~」


 こちらの言葉にも、嫌みが滲む。


 バスケ部の部長は「はぁ!?」と声を荒らげ、


「どうせ同好会でしょ。譲ってくれない? 体育倉庫が手狭になって不便なのよね」


 不機嫌さを隠さない態度は、惇が鼻白んでしまうくらい。


 ――何かあるのか?


 1年の惇には、3年が抱えている不満は分からない。


 分かるとすれば、2年の3人。弥紀は「あー」と間延びした声を出すと、


「体育館はバレー部がいるからか。バレー部、強いしね」


 みね高校のバスケ部は全国大会の常連校として有名だった。


「バレー部がメインで使うから、バスケ部は引き上げろっていわれた?」


 惇と簡単にいい争いになる程、弥紀も気が強い。


 こんなタイミングでなければいわなかっただろうが、こんなタイミングならいってしまう。



 バレー部に比べ、バスケ部は弱い――。



 禁句である。特に、部長の背後にいる2年にとっては。


「おい!」


 失礼だぞと前へ出る2年は、ゲーム同好会が――部活ですらない同好会が――どの口で文句をいっているのか、と詰め寄ってくる。


「何も期待されてない同好会が!」


 概ねいわれるであろう文言だ。


 しかしいわれっぱなしになるのを我慢しないのが弥紀である。ずいと前へでると、バスケ部の2年と胸をつき合わせる程になり、


「同好の士で構成されてるから同好会でしょ。バスケ部は、何で構成されてるの?」


 あからさまに衝突しようとしている。


 そうなると、流石に居心地の悪さを感じ始めた惇は、「あの……」と仲介にはいろうとするのだが、それよりも早く、サムが起ち上がった。


「これは、勝負する流れですカ?」


 軽く出た一言だが、内容は軽くない。


「は……?」


 弥紀と睨み合っていた2年は呆気にとられとような顔をする。


 勝負――誰が、何と?


 呆気にとられた顔は、軽い嘲笑に変わっていき、


「何だって? 勝負? バスケ部とゲーム同好会が?」


 いよいよ堪らないと笑い出すと、バスケ部全体へ広がった。


「ゲームなんてやらないよ。やった事もないもん」


 小中で卒業する遊びだといいたいのだろう。


 嘲笑をぶつけられているサムはというと、涼しい顔で弥紀を下がらせると、2年が持っていたカゴからボールを掴み出す。これがどういう事か、弥紀や惇には分からなくとも、バスケ部には分かる。


 ――片手でボールを掴める?


 高校生でも女子には珍しい。


 サムはそのまま部長へボールを持った手を向け、笑顔でいった。


「1on1のミニゲーム、どうですか?」



 ***



 ハーフコートを使った1on1は変則である。ゲーム同好会は5人いないのだから、世紀の人数でバスケはできず、3on3にしても、バスケ部3人と晶、弥紀、サムでは手合い違いというものだ。身長が177もある晶は兎も角、弥紀は背も高くはないし、運動とて苦手なのだから。


 だからいい出したサムが部長と1on1というのも、バスケ部からすれば失笑ものだった。


 だからかルールは非常に簡単なモノになる。


 バスケ部の部長がいうルールは、二つ。


「ハーフコートを使って、オフェンスとディフェンスに別れる。攻撃側がシュートを決めるか、防御側がボールを奪ってセンターサークルまで戻せば攻守交代。制限時間は5分」


 攻守交代を続けながら、5分間、どちらがより多く点を取れるかの勝負である事。


「通常のシュートは1点、3ポイントシュートは2点」


 得点の扱い。


「これでいい?」


 言葉の端々ににじみ出しているのは、バスケ部の部長がサムに抱いている嫌悪感か。惇は眉を潜めて、バスケ部の部長とサムとの視線を行き来させるが、何が原因かは分からない。


 ――何かあった?


 サムもサムで、惇の考えている事を読み取るような事はなく、


「OKOK」


 簡単に返事した。


 故に気になってしまう惇だが、それはバスケ部の方から語られた。


「サマンサ・アップルベリーは、バスケ部にいたんだよ」


 バスケ部の3年が2年に話している。


「一週間で辞めたけど。それが部長と1対1なんて、馬鹿にしてる」


 いつも練習している体育館ではなく運動場の隅にあるリンクを使うため、地の利というべきものはないにしても、一週間でバスケ部を辞めたサムなど、「何をとち狂ってんの?」といった風だ。


 惇は眉こそひそめたままだが、心配そうな顔をサムへ向けてしまう。


「サム先輩……」


 大丈夫なのか? という疑問こそ口にしない。サムは人なつっこい笑みを浮かべて、


「大丈夫、大丈夫。だって、口げんかで終わらせるよりはいいでしょ?」


 そういうサムが体操服に着替えると、スポーツを遣っていたと一目で分かる体型だった。身長も晶に次いで高く、惇からはバスケやバレーとの相性は良さそうにも見えるが、惇も自分の目は信用できない。


 コートに二人が入ると、バスケ部の部長はサムへボールを投げ渡す。


 ――お先にどうぞ。


 そういう意味が込められている。


「Umm……」


 サムは少し迷ったような顔をしたのだが、一度、惇たちの方を向いて、笑いかけた。


「何故、持ちかけたかというとね」


 笑みを浮かべたまま、サムはボールを地面に落とす。


「I love――」


 そのままドリブルするが、向かったのはゴールではなく、後ろ。


 バスケ部の部長も一瞬、判断に迷ってしまったが故に、二歩も後ろに下がったサムに隙を与えてしまう。


「basketball」


 3ポイントラインまで下がってのシュートは、吸い込まれるようにゴールへ。


「攻守交代ネ?」


 サムの顔にあるのは、笑いではなく笑みといった方がいいものに変わっていた。

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