第15話「楽しく遊ぶ話なんだ」

 その後、現れた光景は、一言でいえば異様だっただろう。


 サムは可能ならスティールし、通常のシュートが1点、3ポイントシュートは2点という取り決めがあるため、倍の点数が入る3ポイントシュートを決めていったのだから。


 誰からでもなく、同じ言葉が出てくる。


「スゲ……」


 じゅんまばたきすら忘れている。


 5分は試合時間としても、皆が眼前の光景を理解するにも短い。


 タイマーが時間切れを知らせる頃、バスケ部の部長は肩で息をしていたが、サムは涼しい顔をしているくらい。


「フロリダは、バスケットボールが盛んですからネ」


 子供の頃から親しんだスポーツだ、というサムは、ゲーム同好会の面々を振り返り、


「さ、部屋に戻りましょう」


 もうゲーム同好会のものだといわれても、バスケ部から文句も出なかった。


 ただゲーム同好会の方も言葉をなくしており、20メートルも歩いたところで、弥紀みのりが口を開くも、その様子は「ようやく」という風なくらい。


「サム、経験者? アイ・ラブ・バスケって……」


 サムは家めく頷いて、


「14歳以下の大会で、割と良いところに行ってたんですよ」


 一週間でバスケ部を辞めたとは思えない言葉が出た。惇も「え?」と驚いた声を上げてしまう。


「何で辞めたんですか?」


 サムは簡単だとでもいうように、軽く空を仰ぐ。


「つまらなさそうでしたからネ、部活」



 つまらない――。



「バスケットボールが好きだから、嫌いにならないうちに辞めました」


 そしてフーッと息を吐き出すと、


「決められた練習が多かったデスから。基礎も型も大事ですヨ。特にフォームは、正しい方が力を伝えやすいし、自分に合うフォームができたら、失敗した時に原因が分かりやすくて、修正もしやすい」


 その辺りを、バスケ部の監督は細かく教えたりはしなかった。


「例えば、ジャンプする時、膝を屈めますね? それは運動の重心は膝にアルという事ですヨ。けど人間の身体の重心は、おへその下くらいにあります。ドリブルもディフェンスも、腰を落とした方がいいのは、この重心を近くするためデス。こういうの、意味を知ってやるのと、知らないでやるのじゃ効果が違いますし、やらされてるんじゃ身につきませんヨ」


 だから辞めた――というのは、少しゲーム同好会の面々には、理解しにくい。


 しかし続いて出て来た言葉は、惇が理解できた。



「楽しむっていう事が、よりよいプレーに繋がりますカラね」



 それは惇が、天丈てんじょう ゆうへ放った言葉と同じ。


「基礎も大事。型も大事。だけど、感情と理論を欲張る事で、もっとよくなる事もありますヨ」


 だから今、ゲーム部でRiot Fleetsをしているのだ。



 ***



 部室に戻ると、改めてあきらがいう。


「という訳で、次は艦隊戦な訳だ」


 三本勝負といい出した悠に乗せられた形になるのだから、弥紀は渋い顔をさせられる。


しゃくだけど」


 気持ちは晶も分かる。


「けど、ああいうタイプは、こちらが拒否すれば、逃げたんだから自分の勝ちだといって回るだろうね。その方が嫌だよ」


 晶が溜息を繰り返すのは、こういった感情のぶつかり合いがあるからPvPが苦手だった事を思い出しているのだろう。


 しかし今は、気持ちを切り替えるしかないのだが……、


「艦隊戦か」


 二本目の内容も頭を悩ませられる様子の晶に、惇も不安げな顔を向けてしまう。


「何か、問題があるんですか?」


 問われた晶は「うん……」と歯切れの悪い言葉を頭に持ってきた。それは一言に集約できる。



「やった経験が薄いんだ」



 経験不足――これは惇も想像していなかった。


「え?」


 言葉を詰まらせてしまう惇へ、晶は「そうなるよね」と自嘲気味に笑ってしまう。


「艦隊戦は、時間がかかるんだよ。戦艦が移動するだけの広いマップになるし、作戦も必要だし、やる事が増えるから」


 遣り始めると30分から1時間半はかかるという事で、対戦モードとしては不人気である。


「バトルロイヤルが一番、メジャーで、次に機化猟兵きかりょうへいの対戦。艦隊戦は、友達を呼べる人の方が有利だから、あんまりやる人いない」


 と、晶はいうが、サムは逆。


「でも艦隊戦のギャラリーは意外といますヨ? 見てる分には楽しいって人、いますネ」


 サムも観戦は好きな方だった。


 そして好きといえば――、


高浜たかはまセンセも、艦隊戦をよくやってた方でショウ?」


 サムに話を振られる高浜は、機化猟兵戦よりも艦隊戦を好んでいる。


「艦隊戦は操作技術が、そんなに必要ないからな」


 晶や弥紀のように機化猟兵で飛び回るのを、高浜は苦手としているのだ。


「晶のいう通り、やる事は多い。戦艦や搭載してる機化猟兵へ指示、作戦もいる」


 そこで高浜はラックに差されているRiot Fleetsの資料を手に取る。


「戦艦は4隻から6隻で構成される。戦艦は1隻に3機から4機の機化猟兵を搭載できる。戦艦にも機化猟兵にもプレーヤーが乗れるけど、人が足りないならCPUに委任もできる」


 する事が多いという高浜のいうとおり、別ジャンルの操作が必要なのには、少なからず面倒臭いと思う者がいるのも当然か。


「勝利条件は基地を占拠される事と、総指揮官を撃墜される事。これは機化猟兵に頼らなきゃダメだから、戦艦ばっかり動かしても勝てないかな」


 そこまでいうと、高浜は一度、深呼吸するように深く息を吐き出し、


「まぁ、難しく考えなくていい。あまりやり込むプレーヤーがいないから、攻略法も確立されてるとは言い難い」


 攻略法を考えるのは、同好会の趣旨に反する。


 ゲーム同好会の活動内容はいつも同じ。


「色々と試していけばいい」


 そこから先は、高浜から晶が引き継いだ。



「試行錯誤も楽しいから」



 ゲームを楽しむのが、ゲーム同好会の趣旨である。


 そこにこそサムは惹かれた。


「いいですネ。チームで方針を決め、練習して、実践する――楽しいですネ」


 上意下達といえば聞こえはいいが、監督と一部のメンバーが内容を決め、理論を求める事が禁止されているかのような練習をする――それがバスケ部を一週間で退部した理由だったのだから。

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