第4章「エスカレート」

第13話「留学生の放課後」

 サマンサ・アップルベリー――通称サムが生まれたのは、フロリダ州。一年を通して温暖で、それ故に引退後の転入者が多いともいわれる東海岸の南にある都市で育ったにしても、サムの性格はのんびりしたものだった。


 姉妹都市提携の一環で募集していた、日本にある市立峰高校へ留学する話に乗ったのも、そんなのんびりした性格故の好奇心である。正直にいえば、サムは日本の事などよく知らない。必要なだけの日本語は身に付けたが、方言は分からない事が多いし、スラングとなればさっぱりだ。


 そして実際に生活してみると、必要な事と十分な事は違うと思わされる事ばかり。


 資格外活動許可で許可された週28時間以内のアルバイトでも、その思いは顕著だ。


 コンビニの従業員控え室に入る時、サムはこう挨拶する。


「お疲れ様デス」


 留学前に習った挨拶は「こんにちは」だったが、アルバイトでも学校でも、使う機会は少ない。


 ――こんばんはとおはようはよく使うけれど、こんにちはって使わない。


 こういった習った事が現実に即していないのは、日本語学習に限らない。日本でも「何時ですか?」を「What time is it?」と教えるが、サムはその言葉を使った事がない、時間を知りたければ、「Do you have time?」と訊ねる。


 そんな事を考えながら、サムは制服に袖を通す。


「日本語も英語も、学習は難しいですネ」


 要は文法よりも単語を覚え、聞く大勢を作る事が肝心だ。サム自身がカタコトの英語で「I name of MINORI.」と弥紀から自己紹介されても理解できるように、大抵はサムの日本語で分かってくれる。


 元々、コンビニのバイトができるくらい、サムの日本語は達者だが。


「お疲れ様デス」


 イントネーションは少々、違うが。


 レジで「お疲れ」と返してくれる先輩は、少なくとも聞く体勢にある。


「交代しますヨ」


と、サムがカウンターに入る瞬間だった。


「!」


 俄に騒がしくなる店内。


 店員がすぐに動けないタイミングを狙って行動を起こしたのは、ニキビ顔も憎たらしい万引き犯だ。


 カラーボールをぶつけようとも、カウンターに入ったばかりのサムが盾になってしまう。


 先輩が顔色をなくす中、サムが動く。


 カウンターに手を着き、ひらりと飛び越えると、自動ドアが開く頃には追いつき、万引き犯の肩を掴んでいた。


「お客様――」


 やや低く作る声は、外国人らしい長身も相まってドスの利いたものになっていたはず。


ただし、いっている言葉は――、



お願いします」



 意味は通じるが、色々と違う。



 ***



 サムが惇と悠の激突を知ったのは翌日だった。


「そんな事があったんですカ~」


 その言葉にも、色々な思いがある。


「面白かったんデしょうネ」


 一番、大きいのは「残念」だろうか。


 大口を叩いたゆうが負けたのだから、サムが居合わせれば大袈裟な程、騒いだはずだ。


 そんなサムに、顧問の高浜たかはまは苦笑い。


「面白がっちゃいかんのだがな……」


 高浜は教育者として喧嘩両成敗にしなければならない立場だ。


 サムはキョトンとした顔をして、


は向こうでしょう?」


 また独特な日本語である。しかし発端は悠で、惇のメッセージが広域になっていた事故が重なった結果、悠がケンカを買わそうとした形にはなっている。


 しかし高浜は、悠だけを責め、じゅんかばうには矜恃きょうじが強い。


「売られてもケンカを買わない方が得にしなけりゃ、教育は成り立たん」


 国家間の外交では戦争はカードの一枚だとはいうが、簡単に切るカードではないし、しょっちゅうチラつかせるものですらない。


 サムは肩を竦め、この件はお終い――とはならなかった。


 あきらがふぅと溜息を吐き、


「終わってないんだよ」


 惇のMメーサー・Vバイブレーション・Eエッジが悠のコックピットを貫き、勝利が確定した直後に、その言葉は出てきた。



 ――こういう勝負は三本勝負が普通ではないですか?



 いわれた惇は判断がつかない。惇が始めたのは、つい先日だ。撃墜スコアもオンラインでは1機――この悠が初である。


 助けを求めるように振り向かれても、あきら弥紀みのりとて同じだ。


 沈黙を都合よく解釈するのも悠の特徴である。


 ――ただ一戦するだけなら、運の良さに賭けて突進できる。運ゲーの要素が大きすぎて本当の強さが比較できません。だから三本勝負が望ましいんです。


 惇が幸運に助けられただけだといいたいのだろうか。事実、惇がワイヤレスガンポッドを突破した直後に飛来した大型ビームライフルの照射を回避できたのはマグレであるし、その後もMVEではなくパルスレーザー式突撃銃で殴りかかるミスをした。しかし最終的には、「クォールと戦う時、ゲーム同好会の援護を受けてこうする」というイメージを具現化した機動は、紛れもなく惇の実力である。


 だから、これが機化猟兵戦しかないゲームだけならば、負け惜しみだと断じる事もできた。


 しかしRiot Fleetsには機化猟兵きかりょうへい戦以外にもモードが存在する。



 艦隊戦だ。



 ――今度は艦隊戦で勝負しましょう。


 悠の言葉を聞いていたサムは、それでも受ける義理などないと思ってしまうが、思ったのは一瞬だけ。


「ジュン、楽しいですヨ。艦隊戦も」


 惇に艦隊戦を経験させるチャンスでもある。


「高浜センセは、優秀な提督ですかラ。ね、大尉?」


 と、晶の方を向く。


 晶も「まぁね」と高浜へ視線を送る。


 そんな晶とサムを見比べながら、惇はふと思った。


「そういえば、サム先輩は、何で瀬戸せと先輩を大尉って呼ぶんです?」

 何かのなりきりかと思ったが、サムは「あぁ、それは」と笑う。


「Captain」


 これを軍隊の階級にすると、大尉だからだ。


「そのヘアバンドも、大尉っぽいですから」


 その意味は分からないが、サムの笑い声は疑問に顔をひそめさせるより、楽しい気分にしてしまう。


 ただこの時、部室をノックする音と共に、ゲーム同好会へ問題がやって来るのだが。

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