第11話「惇、特攻」

 ゆうは待った。早くしろと怒鳴りつけたくもなったが、待つ事で余裕を見せれば叩き潰した時により一層、気分が良くなる。


 戦車や戦闘機のコックピットならば、パイロットの操縦に関する負担を少なくする意味で例外なく狭く作られるが、仮想現実に存在する機化猟兵きかりょうへいのコックピットは居住性も考慮されている。プラモにした時、機体は36分の1だが、パイロットは48分の1にしなければならないというくらいのサイズ差だ。


 そのコックピットで腕組みしている悠は、高浜たかはまの見立て通り、中の上か上の下か、それくらいのポジションにいるパイロットである。


 それを指摘されても、悠はいわれた分の倍は言い返すタイプだ。


 ――ゲームは知識だ。


 鼻を鳴らし、忌々しいという顔で思う。


 ――敵がどういう動きをするか? 自分はどういう動きができるか? 欠点や弱点、環境によって変化するそれらに対応する知識があれば、戦績はついてくる!


 ルーティンになった思考が終わると同時に、惇が準備完了したインジケータが灯った。


「よし!」


 ゲーム開始だ、とブルーローズを進める。


 独特の操作がある悠はカタパルト加速を使わず、格納庫のハッチから悠然と出撃する。


「さぁ、行け」


 バックパックから射出されるのは、弥紀が装備させているエレメンタルソングのビットと似ているが違う。


 ワイヤレスガンポッド。


 コンピュータがオート操作してくれる、宙に浮く機銃だ。


 ――


 けんに回るのは、全力で叩き潰すため。



 ***



 カタパルトにスプライトを乗せるじゅんは、対戦相手のブルーローズよりも別の機体を思い浮かべていた。


 ――先輩たち。


 あきら弥紀みのり、サムの三機。


 特に初心者狩りを倒していく三人の姿は圧巻だった。


 その中でも従姉の弥紀だ。弥紀の重厚な装甲と高火力で惇を守りながら戦う様は、戦場に居座る要塞といった風。


 チーム戦ではないバトルロイヤルを、最初から複数人で組むのは推奨されない行動だが、徒党を組んだ初心者狩りに対し、フォーメーションを展開する様は胸がすく思いがした。


 ――俺がやりたい事は……。


 カタパルトに乗る惇が空想する自機の姿は、弥紀のレジオンとフォーメーションが組めるもの。


 ならば必然的に合致する機化猟兵がある。


 ――会長!


 晶の熱風ねっぷうだ。


 ならばとカタパルト射出と同時に、する事がある。


「スーパーチャージャー!」


 カタパルトの加速に、スーパーチャージャーの加速を上乗せした。


 視界は否応なしに歪み、Gの演出がこれでもかとのし掛かってくる。S級のため、晶のように超音速とまではいかないが。


 それは悠の嘲笑を呼ぶ。


「はッ!」


 レーダに映るのだから。


「考えられる中で、一番、くだらない手だ!」


 このステージの地形は月面上。低重力故に飛翔できるステージである。


 ――要撃はチェスみたいなものだ! ミスが重なれば負けるんだよ!


 ワイヤレスガンポッドの制御はCPUがパターン通りにするため、上級者にとっては恐れるに足らない武器だ。


 だが悠は、敢えてワイヤレスガンポッドを使う。


 ――初心者は回避しようとする。中級者は可能な限りワイヤレスガンポッドを排除しようとする。上級者は必要最低限の数だけ排除する。どれにしても、ワイヤレスガンポッドを認識した時点で、俺の術中だ。


 ブルーローズに構えさせる大型ビームライフルは、サムが使う狙撃用ではない。連射する事は勿論、機化猟兵と直接、接続し、大出力で発射する事も可能。また悠は大型の冷却装置を追加し連射速度を高める改造も行っている。


 ワイヤレスガンポッドを処理する隙を突くため、連射、速射、狙撃といった、あらゆる攻撃を繰り出せる。


 だがカタパルト射出にスーパーチャージャーを上乗せした惇は、悠が想定している全てを裏切った。


 ――突破ァッ!


 パルスレーザーを乱射させるだけで、ワイヤレスガンポッドを処理するつもりはまるでない。


 ただ突進する。


 考えているのは、この戦場には来られていないゲーム同好会メンバーの事。


 ――本当なら、弥紀姉ちゃんやサム先輩が、あの小さいのを処理してくれてる!


 惇が乱射しているパルスレーザーを確認した弥紀とサムが、ワイヤレスガンポッドを処理してくれているはずだ。


 現実には被弾を告げる警告音が響き、装甲が削られつつあるが、惇は弥紀とサムの援護を受け、晶と共に突撃している事を想像する。


 しかしゲームは知識だと明言している悠だけに、この行動はナンセンスとしかいいようがなかった。


「バカだろ!」


 悠は吐き捨てるようにいいながら、大型ビームライフルを構える。機化猟兵と接続し、射撃ではなく照射に切り替えた。


 直進してくるのなら、真っ向から撃ち落とすまでだ、と。


 増設しているレドームを通して照準をつけ、トリガーを――、


「チィッ!」


 悠に舌打ちさせたのは、スプライトが突如、失速し、沈み込むような形でビームを回避したからだ。


「マグレだろ!」


 悠がいう通り、確かに失速の原因はスーパーチャージャーの効果が切れたためで、完全な偶然である。


 その偶然を、悠は嫌悪していた。


 ――偶然だけは計算できん。


 バトルロイヤルもこなしている悠であるから、マグレや偶然は厄介だと思っている。こういう、流れ弾に被弾してしまうようなマグレで撃破された者など、掃いて捨てるほどいるのだ。


 ビーム照射が持つ弱点も、悠の苛立ちを増させた。機化猟兵から直接、エネルギーを流し込んだ事による機体の不具合と、何秒間か大型ビームライフルが使用不能になる二点である。


 その為にワイヤレスガンポッドを使って要撃に配置している。特に惇は強行突破によって、ワイヤレスガンポッドに背を向けた。それはコックピットが設置されているバックパックを銃口にさらしているという事だ。


 追跡はワイヤレスガンポッドに頼り、悠自らは再び大型ビームライフルが使用できるまで時間を稼ぐ。しかし稼ぐといっても、背を向ける訳ではない。


「稼ぐっていってもな――」


 大型ビームライフルを左手に持ち替え、右でビームセイバーを抜く。


「逃げるって訳じゃねェんだよ!」


 真っ向勝負こそが最も時間を稼ぎやすいと判断だった。


 ――S級なんか使ってるんだから、初心者に毛が生えたくらいだろ!


 悠は惇の戦い方が背後の取り合いだと断じた。予想したのではなく、断じた。事実、クォールとの戦いでは惇も背後の取り合いを演じている。


 しかし今は……?


「ッ!」


 失速したスプライトに鞭を入れ、惇は上昇に転じさせる。ワイヤレスガンポッドは徹頭徹尾、無視した、ワイヤレスガンポッドが発射する弾丸は、一発一発の威力は低い。戦闘不能にするには相当な連射が必要だ。機動もワンパターンで回避する事も、簡単ではないが難しいともいえない。


 機敏に旋回できない事もワイヤレスガンポッドの弱点であるがせ、それを惇は知らない。



 直進を選んだのは、惇は背後に弥紀とサム、横に晶がいる事を想像しているからだ。



 惇はいう。


「残念――」


 それは晶が発した言葉と同じ。


「これが俺の機化猟兵だ!」

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