第10話「トラブルへ」
視線を巡らせた
「カスタムどころかメンテもろくにできないのを、エンジョイ勢って言い訳で通してる奴は、世界の隅っこで埃も食べずに辛うじて死ね」
人集りは賛同者という訳ではなく、この大声で主語の大きい言葉に集まってきた野次馬だ。
「バトルは数だろ。質より量とかじゃなく、質も量も。とにかく数だけこなしていれば勝てるなんて思うのは思考停止」
遠巻きにされている事に気付いているのかいないのか、男の声はより大きく、高らかになっていく。
「思考停止なんてしてたら、面白いくらい成長が止まる。好きな機体で楽しめればいいやなんて思ってる奴は、引退をオススメするね」
そんな言葉に惇は眉間に皺を寄せた。
「何か、イラッとくる事、いってますね」
声も態度も大きいからだろうか。惇は昨夜、
そんな惇の方を、
「声に出さなくても、ここはゲームだからね。メッセージを送る機能もあるよ」
口に出さずにいられないなら、匿名でやりとりする事もできる。ゲーム内でミーティングする利点でもある。
――こうね。
宙に浮かんで見える赤色の文字は、送信者の晶と受信者の惇にのみに見えるメッセージだ。
――メッセージの種類は3つあるんだ。さっきの赤い文字は二人での遣り取り。グループ内の遣り取りもある。
この文字は白く表示され、弥紀や高浜からも見えている。使い方はログを残せるため、議事録代わりにするため。
メッセージには3種類あり、最後の3つ目を説明する前に惇は失敗した。
――なるほど。こうですね。
ピンク色の文字は、広域。
その場にいる全員に見えるものだ。晶も流石に顔色をなくす。
「ちょっと待つんだ」
慌てる晶だったが、一歩、及ばず。
――楽しむって事が、よりいい結果を生む事だってあるでしょう。型も基礎も大事だけれど、理論も感情も、どっちも欲張って良いのがゲームなんですから。
ロビーにいた全員に見える程、惇のセッセージはでかでかと表示された。
晶も溜息を吐いてしまうくらい、ハッキリと。
「……その広域っていうメッセージは、仲間や対戦相手を募集する時に使う」
この場合、内容が内容だけに、今、声を張り上げている男へ白手袋を投げつけるに等しい行為だ。
遠巻きにしている野次馬は勿論、男の目も惇へ向けられる。
男からの返答は声ではなく広域メッセージで来た。
――楽しんで勝つとかできねェから(笑)
メッセージで投げかけられた煽りには、メッセージで答えるという事か。
――勝負しろ。俺が愛機(腹筋大崩壊)全損にしてやるから引退しろ。
惇も退くに退けない状況だ。
「あぁ、やろう」
熱弁を振るっていたところへ真っ向から冷や水をぶっかけたという自覚はあるが、同時に本音でもある。
ざっと野次馬が道を空けた事で、惇にも男の名前が見えた。
赤毛の少年顔に、長身のアバターを使っている男の名は、
悠は次の返事も声ではなく、広域メッセージで送る。
――俺が負けたら訂正して謝罪して、俺が引退してやるよ。愛機(片腹大爆裂)でかかって来い。
こうなれば売り言葉に買い言葉である。
「おお、やってやる!」
惇はロビーから
愛機のコックピットに体を滑り込ませ、機体の修理状況を確認していく。その短い時間が、惇へ高浜が声をかける間となってくれた。
「待て。やるなとはいわんが、まずは落ち着いて、機体を見ろ」
高浜に止める気はない。教育者としてケンカの類いは止めるべき立場にあるが、高浜から見て、悠の言葉は度が過ぎている。
いわれた惇は「機体……」と呟きながら、悠の機化猟兵「ブルーローズ」を見遣った。
――弄ってるのかどうか分からないが、格はAか。
それ程、色々な機体を見てきた訳ではない惇だからこそ、表示されている情報の印象だけでいう。次に出たのは、機体の格から受けた印象だけの言葉だ。
「こっちはS級なんだ。A級相手なら――」
その言葉は知識の欠如と先入観を示している。高浜は目を丸くしてしまう。
「いや……待て」
晶や弥紀の方へ向けた目が、二人の表情から惇に教えていない事を悟らせた。高浜は舌打ち混じりの溜息を吐く。
「Sは
即ち……、
「つまりAとSなら、Aが格上だ」
惇のスプライトと悠のブルーローズとでは、ブルーローズが遙かに格上という事。そもそも「武器を変えたくらいのノーマルで楽しんで勝とうとか有り得ないから」といっている悠が、ノーマルの機化猟兵に乗っているはずがない。
だが高浜から見ると、ブルーローズも違って見える。
――まぁ、イキリ始めるレベルではあるんだがな。
ロビーに表示されている悠のデータを見ても、そこまで上位クラスではない。ならばやりようもあるというものだ。だが高浜がいいたいのは、必勝法などという程度の低いものではない。
「落ち着いてから、考えろ」
高浜が考えろというのは、広義では戦法であるが、悠が口にしているような勝ち方とは一線を画す。
「あくまでもゲームをするんだ」
青臭いと言われようとも、高浜は教師である。
「結果より過程に
勝敗は誰でも評価し、内容の評価は結果のオマケとなっているのは、ゲームだけでなく社会の常であるが、それを高浜は否定した。それはいわれた事も、求められた事もないが故に、惇も目を瞬かせて考え込んでしまうが。
「どうプレイ……?」
しかし惇は高浜にそういわれても、意識やイメージできる程の経験がない。
高浜も抽象的だったかと頭を掻きむしりながら、
「今までプレイしてきた中で、また戦いたい誰かがいるだろう? そのプレーヤーと、次に戦う時、どういう動きがしたい?」
この高浜の言葉は、惇に一人のプレーヤーを思い出させる。
「プレーヤー……クォールさん……」
高浜は知らない名前であるが、それは問題ではない。
「そのクォールさんと、どうゲームを進める? どういう機化猟兵で、どういう戦い方をする?」
「射撃武器はショットガン、接近戦用の隠し武器も持っていて、接近戦が得意です」
「なら、どう戦いたい?」
高浜の問いに対する惇の回答は、どうしても漠然としたものになる。
「機動戦……ですかね」
「分かった。武器を調整してみよう」
高浜は惇からコントロールを受け取ると、武器を選択していく。
「ビールライフルより、もっと
高浜が選ぶのは、パルスレーザー式突撃銃。
「一発一発の威力はビームライフルより低いが、これは連射できる。バラ撒いていけ」
そして接近戦用の武器も、ビームセイバーから実体剣に変更する。
「
斬れないものは斬れないままのため、ビームセイバーに比べて汎用性は劣るが、ビームに特化した装甲ならば、より大きな打撃を与えられる武器だ。
「スプライトは最初からスーパーチャージャーがついてる。機動力で引っかき回して、弾をバラ撒きながら接近しろ」
コンセプトがクォールのゴブリンに近いのは、惇にとって何よりの僥倖である。クォールはショットガンで中、近距離を制し、格闘戦での必殺を狙う。惇のスプライトはショットガンと撃ち合い、牽制する事で接近戦に持ち込むというコンセプトだ。
「それと――」
行けという前に、もう一つ、付け加えようとする高浜だったが、その高浜を押し退け、弥紀が来る。
「色々、知らせてなかった事が多かったのはゴメン。でも、S級がA級に劣ってないものもあるの。それは――」
弥紀は親友を指差した。
「ショウちゃんがいってた、自分の感覚を確実にフィードバックする事と、単一行動を確実にこなす堅実さは、S級が向く」
誰でも扱いやすいように作られているのだから。
惇が持て余すような数値はひとつもなく、今ならば全力全開の戦闘ができる機体がスプライトだ。
弥紀に指差されている晶からは、特に何もない。
ただ軽く右手を掲げてみせるのは、同じく対人戦が嫌いだった晶は兄と同じ言葉をその手に宿した。
――ゲームを、するんだよ。
勝っても負けても貫ける自分を持ってくれ――そういわれると、惇はクォールの他にも一緒にプレイしたい名が思い浮かぶ。
いや、名だけでなく、顔も。
――弥紀姉ちゃんも、会長も、サム先輩も。
ならば考えは固まる。
「行ってきます」
ハンドサインを残し、惇は機化猟兵をカタパルトへ移動させた。
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