第3章「PvP」
第8話「ゲーム同好会、再始動」
オンラインではスコアと共に同時に記録されるものがある。
装甲値は減ったままになっているし、ダメージコントロールで四肢をパージしたり、手持ちの武器を投げ捨てたりしていると、そのパーツはロストとなる。
だから一戦ごとに手に入るゲーム内通貨を利用しての修理が必要だ。
その作業の前に
「こういう時に、機化猟兵を乗り換える人が多いよ」
あまりにもダメージが大きい場合、廃棄してしまうのも一つの手である。だから弥紀はいう。
「執れる手段は三つ」
弥紀は三本指を立てて見せ、
「修理する」
同じ機化猟兵を購入して部品取りし、破損した部位を修復する事。メリットは、今までの戦いで得たスコアなどを引き継げる点にある。
「新しいのに乗り換える」
戦績によって新型がカタログに載るシステムであるから、前回の撃墜で新しい機化猟兵を購入する事が可能だ。このメリットは、単純にスプライトよりも格上の機化猟兵が手に入る事である。
「新しい機体からパーツを取って、スプライトをカスタムしていく」
このカスタムがRiot Fleetsの特徴だ。新しい機化猟兵のパーツとスプライトのパーツを合わせ、プラモデルでいうところのミキシングビルドにする事で、自分だけの機化猟兵を作り出せる。この場合のデメリットも、スプライトで稼いだスコアがリセットされてしまう事だが、何十戦もしているなら兎も角、今の
「みんな、このタイミングでカスタムに手を出すね」
弥紀のいう通り、初期のスプライトを使い続ける理由は薄い。
しかし惇の答えは――、
「できれば、このままスプライトを使いたい」
惇にとって、このスプライトを使い続ける理由は薄くない。
「初めて乗ったし、初めてスコアを上げた機化猟兵だし――」
拘りである。他のプレーヤーから見れば非効率的な選択肢ともいえるが、惇にとってスプライトは、ただの低性能な初期機体ではない。
「クォールさんと戦った機化猟兵だから」
対人戦は嫌いといっていた惇にとって、クォールとの出会いは衝撃的だった。
銃口を向け合っていたのに、いつの間にか背を預け合う事になり、共に敵機を撃墜する結末に繋がるありとあらゆるものが山盛り、飽和状態にされている。
――多分、またマッチングするよ。その時に。
クォールが最後にくれた言葉が、惇の中に残っていた。歳も年齢も住んでるところも、そもそも名前すら知らないのだから、友達ともいえない関係であるのに。
それに対し、弥紀は「えー……」と不満そうな声を上げるのだが、
「あの一戦が、それだけ印象的だったかい?」
考え方が変わるには十分だったというのは、晶も想像に易い。
「確かに、楽しそうだったね」
そう思うのは、晶も変節を迎えていたからか。
「私も、この前のゲームは楽しかったよ」
対人戦を好まない晶だが、惇の救出に向かい、その惇がクォールと握手して追われたゲームは楽しかった。
「対人戦は苦手だけど、協力プレイは面白い。本当に」
負ければ当然、嫌な気持ちになるが、勝っても相手に負い目を感じてしまう性格である晶も、少し気持ちと考え方を変えられる一戦だった事は間違いない。
だからアドバイスする晶の言葉も、少し気分良くなっている。
「スプライトは弱すぎる機化猟兵じゃない」
事実だ。
「この手のゲームは、初期機体が極端に弱いんじゃゲームが成立しない。RPGなら最初はナイフでいいけれど、シューティングゲームでは鋼の剣辺りの強さからスタートさせないと、一方的に
晶は「さて……」と一呼吸、置いた。
「修理するなら、スプライトをもう一機、購入するといい。破損している部位を買ったスプライトのパーツと交換していけば直る」
簡単な話である。ただし乗り換えると、今まで使っていたスプライトに記録されているスコアがリセットされてしまうが。
「取り替え済みのパーツは、スクラップとして処分する事もできる。その分を武器に使うといい」
ただ持ち替えてもカスタムと判定されない手持ち武器に関しては、晶も換装を提案する。
「クォールさんも、武器は変えてたろ?」
晶の言葉で惇も思い出す。
「クォールさんは、接近戦用にしてたんでしたっけ?」
ショットガンを持ち、切り札のリボルビングネイルも至近距離でこそ真価を発揮する――というよりも、接近戦以外では有効ではない武器だった。
「そういえば、手持ちの武器は変更してもカスタム機扱いにならないの、判定はどうなってるんです?」
惇の疑問に対し、弥紀と晶は一瞬、顔を見合わせた。
そして一度、フッと笑うと、
「不明」
二人揃ってそういう。
弥紀は「そういう解析もあったんだけど」と前置きし、
「手持ち武器を変えてもカスタム機扱いにはならないっていうけど、その判定はコンコルディアの判定で、公開されてないのよ」
「ビームライフルをショットガンやアサルトライフルに持ち替えても、惇のスプライトはS級だろうけど」
肩を竦める弥紀に、晶が言葉を継ぐ。
「リボルビングネイルをつけたら、変わるだろうね。コストで変わる、ノーマルからどれだけ離れたかで変わる……と色々な説があるけれど、バランス取りの為かコストは結構、変わる」
機化猟兵のカテゴリーはS、A、Bに分けられており、特に艦隊戦を始めると、コストと共にカテゴリーによるボーナスが追加されて、勝敗の判定に使われる。
「専用の機構が必要な武器をつけると、カスタム機扱いになる……くらいで覚えてていいと思う」
機化猟兵も武器も強力なものは上位ランクからだ。
そんな三人の会話をドアをノックするドンドンという音が遮り、全員の視線を集める。視線の先にいるのは男――少年ではなく男――だ。
「ちょっといいか?」
170を少し超えた程度の身長は中背だが、黒い短髪に縁取らせた顔は日に焼け、精悍さを感じさせる男を、惇は知っている。
「
惇の学年では社会科を担当している教師だ。そして教師が部室へ来る用事など、そう多くはない。
高浜は惇の顔を一瞥した後、晶へと顔を向ける。
「
「そう」
晶は
「これで同好会の最低人数は満たしたでしょ?」
馴れ馴れしいにしても、少々、行きすぎた態度であるのだが、高浜に気にした様子はない。高浜は「早くしないと部室を取られるからな」と頷いた後――、
「顧問には俺がなった。これで今年度は部室を確保できる」
高浜が顧問になってくれたというのは、惇が予想した通り。
「根回ししてたんですね」
高浜と共に惇の視線が行き来された晶は、「うん」と頷く。
「妹の危機だから助けろって、新学期になる前からいい続けてたのさ」
それは惇も想像していなかった単語である。
「……いもうと?」
訝しげな顔をする惇は、もう一度、晶と高浜へ視線を行き来させた。
この二人、似ていない。
身長にしても、177センチある晶は女子でなくとも長身で、170をやっと超えたところという高浜は男性としては平均的であるし、晶は一重まぶた、高浜は二重まぶたである点も、晶は色白い、高浜は地黒という肌の状態も対照的である。
惇の視線に籠もっているものは、視線を通して晶へも伝わり、
「子連れ同士の再婚なんだ、うちは。だからお兄ちゃんとは17歳離れてる」
似てないのも名字が違うのも、当然の理由が存在したのだ。両親の再婚前に成人していた高浜は、母方の姓を名乗っている。背の高さや顔立ちも同様だ。
ただゲーム同好会にとって重要なのは、晶と高浜の関係が、相談しやすい距離だったという点か。
素早い対応ができた事に、満足そうに頷く晶は、兄に笑みを向ける。
「いつでも相談に乗ってくれるところにいるから、助かるよ」
ただ高浜は苦笑いするのみ。
「相談……? ほぼ強制だと思うがな」
晶の高浜に対する押しの強さは、弥紀の惇に対するものと同じくらいだ。その苦笑いを惇へ向ける高浜は、惇も似たような苦労があるだろうといいたいのかも知れない。
「篁、ありがとうな」
弥紀に押し切られであろう惇へ高浜が礼をいうと、似たような境遇の二人にしか分からない意識の交叉があったらしい。
「特に晶は、男子の目がないと、何をし始めるか分からんから」
これは本気半分、冗談半分だ。そして、それも晶と弥紀で共通している点が多いのだから、惇にも分かってしまう。
「いえ、礼なんて……。高浜先生こそ、ありがとうございます」
惇はそう返した。
高浜は何でもないというように片手を挙げて応えたのだが……、応えた相手ではないはずの晶も片手を上げ、
「いわないよ」
高浜は眉間に皺を刻むしかないではないか。
「お前はいえよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます