第5話「音速の熱風」

 その戦闘の様子を、弥紀みのりは観戦モニタで見ていた。


「頑張ってる、頑張ってる」


 Riot Fleetsに於ける機化猟兵きかりょうへいの戦闘は、平均60秒で着く。互いの初弾が外れ、二度目の交叉も決定的なダメージにならないのは、まさしく技量が均衡した白熱のバトルというところか。


 白熱すればプレーヤーが集中を保っていられるのは60秒くらいだろう、というのが制作側の想定である。


 白熱した交叉は、見ている方だけなら面白く、あきらも笑ってはいるのだが、


「楽しめていると、いいのだけれど」


 心配も同時に存在した。やりたい事をやれていないならばストレスが溜まる。ストーリーモードはプレーヤーが最終的に撃破する事を想定して調整されているが、対人戦はそうではない。敵プレーヤーは出来る限り相手のペースにはしたくないし、自分のペースで動きたいと考えているのだから。


「硬直をつまらないと思うタイプだったら……」


 自分がそのタイプだと自覚しているだけに、晶はそこに思い至ってしまう。


 そんな晶へ向けられる弥紀の声は軽い。


「大丈夫、大丈夫」


 途絶していた時期もあるが、生まれた時から一緒にいる弥紀である。その顔に心配はない。


りな動きしてないでしょ?」


 食らい付いていっている。攻め急ぐでも、逃避に走るでもなく、同じ力量同士がぶつかっているのは、弥紀の目からはいい事のように映っていた。


じゅんの事はわかるから。付き合い長いので」


 弥紀は自信満々にいうのだが、晶の顔には軽い苦笑が。


「顔いっぱいにシール貼られた赤ちゃんの写真を持ってたっけね」


 弥紀が1歳の頃、0歳児だった惇の子守と称してオモチャにしていた写真だ。


「あと、お世話セットのベビーカーに乗せて運んでる写真もあったっけね」


 1歳の弥紀にとっては、0歳児の惇は動いてるお世話人形くらいの気持ちだったのかも知れない。


 しかし弥紀の認識は大分、違っていて、


「愛の深さがうかかえますねェ」


 冗談めかしていえる程、惇との絆は深いといいたいらしい。


 晶などは「まったく……」と苦笑いを強めてしまうが、それでも視界には常に惇のスプライトが入っている。


 その画面に対し、晶は一度、舌打ちさせられる事になってしまう。


「チッ」


 晶の舌打ちと同時に、サムが晶の肩を叩いた。叩いた手で、そのまま画面のひとつを指差し、


「大尉、アレを」


「あぁ――」


 晶が席を立つ。



 ***



 スプライトとゴブリンの戦いは、互いの背を取り合おうとする動きになっていた。機化猟兵は基本的にコックピットとバックパックが一体型になっているからだ。これは4.5メートル程度という小ささである事と、コックピット前面の装甲を厚くするならば、背中にあるのが最も理に適っているはず、という設定による。


 だが背後を取る事ばかりに拘るのはナンセンスだ。背にあるコックピットに直撃させずとも、装甲値を削りきれば撃墜となるのだから。


 その動きが、惇とゴブリンのパイロットが初心者から抜け切れていない事を示している。


 こういうバトルロイヤルにいる初心者は、往々にしてマナー違反者を呼んでしまう。


 惇の顔を顰めさせてしまう相手だ。


「!?」


 1対1だと思い込んでいたところへ飛来した銃弾は、狙いをつけたのかも怪しい、まさしく乱射だった。


 機化猟兵の手足を撃たれた衝撃に、惇は顔をしかめさせられる。


 ――誰だ!?


 その疑問は見当違いというもの。そもそもバトルロイヤルは自分以外の全員が敵のはず。これを無粋というのはロマンチストが過ぎる話である。


 横やりは当然、想定すべき事であるが、この時、二人を襲った銃弾は違う意味を持っていた。


 地面に落ちる影は5。山岳地帯であるから、惇から見れば頭上を取られた形になっている5機は――、


「囲まれてる!?」


 囲んでいる5機の目的は簡単だ。



 



 クリーンヒットばかりを追い求めて背後の取り合いをしている――初心者から脱し切れていない2機を、チームを組んで狩りに来たのだ。


 また遠慮会釈のない銃撃が加えられるが、先ほどと同じく狙いなどつけていない乱射はスプライトとゴブリンのコックピットを揺さぶるのみ。


「クソ!」


 ゴブリンとの戦いは中断だと、毒突きながら離脱しようとする惇だが、そうは問屋がおろさない。頭上を取られているのだから、惇の動きは見られている。そして慣れているチームなのだから、1機や2機を逃がさないよう牽制する事は容易い。


 また惇が「クソ」と毒突く。被撃墜数は残されないが、だから墜とされてもいいとはならない。


 三度目はクソとも毒突けず、ただ歯軋りする。


「ッ!」


 右往左往。それは惇だけでなく、今まで白熱した戦闘を繰り広げていたゴブリンも同じ。


 奇しくも2機が取った体勢は、相対する事とは真逆――背中合わせになる事。銃撃だけだなく砲撃も加わり始めたのだから、互いに互いのコックピットを庇える立ち位置となると、背中合わせしか有り得なかった。


 惇の口から零れそうになる言葉は、不意に別人の声でコックピットに聞こえてくる。


「腹立つな」


 その声は背中合わせに立っているゴブリンのパイロットからだった。公用チャンネルに設定された無線機が伝えてくる。


 惇も頷き、


「この終わり方は、確かに嫌だ」


 これが強者の横やりであったなら、こんな気分にはなるまい。二人で協力しても平らげられるのならば、それは腕がないという事で諦められる――そう思えるくらいには、惇も心中が変化している。


 公用チャンネルからは、他にも含み笑いが聞こえていた。これは今、包囲しているチームからか。聞こえるか聞こえないかくらいの小さな含み笑いも、初心者に対する攻撃の一種だろう。


 それを切り裂くアラームがコックピットに響き、惇の視線もレーダに落とされる。


「大型ミサイル?」


 ここへ発射されたミサイルがある、とレーダは告げていた。


 チームの連中から含み笑いが消え、


「ロックオン解除パルス」


 ミサイルの標的から逃れる機能を口走るが、大型となれば個々人を狙って発射されたものではないだろう。


「いや、EMCだ」


 ミサイル自体を逸らせろと、円盤のような機器を背負った僚機へ指示が飛ぶのだが、EMCが発動して尚――、


「逸れない?」


 レーダに移る赤い点――超音速で飛来する物体は進路を変えない。


 果たしてその正体は……、


「残念! これは機化猟兵だ!」


 全員のコックピットに響き渡る晶の声。



 白に深緋こきあけ色のラインを持つ晶の熱風が、その名の通りカッ飛んでくる。



 カタパルト射出に加え、バックパックに後付けされたスーパーチャージャーで超音速まで加速させる、まさしくゲーム的な機動だ。


 そして分かり易く晶の目的を告げてくれる。バトルロイヤルへの途中参戦――20世紀の格闘ゲームと同じく乱入と呼ばれる――その相手が惇の所へ直行してきたのが何よりの雄弁に語ってくれた。


 初心者狩りチームが珍しくないように、こういう時、乱入してくるプレーヤーも珍しくはない。


 そのプレーヤーを、初心者狩りはこう呼ぶ。


「番長かよ!」


 嘲りを多分に含む言葉であるが、少なくとも晶は気にしない。


「うちの新人を潰されると、かなり困るんでね」


 このバトルロイヤルに出て行く惇へと投げた言葉がある。



 不快な思いをさせようとするプレーヤー――初心者狩りへの対処こそ、自分が乱入して排除する事であり、それを実行しているのだ。



 手近な敵へ狙いをつけ、頭上を飛び越えたと見せかけ、前転するかのような軌道を取る。大型ミサイルだと思って始動させたEMCは健在だ。超音速で飛来しながら、手動照準ビームライフルを直撃させるのは難しい。


 右手を翻してビームセイバーを抜く。そしてアクロバティックな動きと共に一閃。


 ビームセイバーは、パックパックごとコックピットを両断した。

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