第4話「シミの付かない戦績」

 人と争う事が生理的に合わないあきらが、このRiot FleetsではPvPをプレイできている理由は、珍しい戦績表示にある。


 宇宙のラウンジを模したオンラインロビーで、晶は自分の戦績をじゅんに示す。


 晶は二つの数字を指差して、「この通り」といった。


「Riot Fleetsには、勝利数と撃墜数しか集計されてない」



 試合数や敗北数は一切、集計されていない。



 そのプレーヤーやチームが何勝しているのか、その機体を使用して何機を撃墜したかのみしかないため、勝率やキルレートといったものは存在しない。


「だから負けても経歴には付かない」


 軽い自嘲と共に晶が口にしたとは、敗北数や勝率というネガティブな情報の事を指している。


「下がった勝率や、積み上げられた敗北数は、リセットボタンに手を伸ばしやすくなるからねェ」


 まだネット対戦が黎明期だった頃から問題になっていた、「ゲーム途中の切断行為」が起きる原因のひとつだった、と晶はいう。


「そういう数字の上がり下がりが嫌だから、記録がつかないよう切断する人がいた……と制作陣は考えたみたいだね」


 サレンダーする事ができても、それでも敗戦が記録されるなら切断する――マナー違反であるから、制作者の意図は「マナーにしなければいい」と判断した。だからネガティブな記録は一切、このゲームではつかない。


「非対称型の対戦ゲームだと、相手のやりたい事を完封する事も比較的簡単なんだけど、これはそうじゃないから」


 ストレスよりも爽快感を――と晶がいった所で、惇の携帯端末にインジケータが灯る。



 バトルロイヤルの開始時間が迫っている事を告げるものだ。



 惇が「よし」と席を立つと、その背を弥紀がぽんと叩き、


「頑張って。バトルロイヤルは、かなりガバマッチだけど、リスポーンして再出撃し続けられるし、どノーマルなら撃墜スコア少ないから、大きいの撃墜したら上位には入れるかも知れないし」


 撃墜数や勝利数で振り分けられていないが、その分、傷ついた高コストのフルカスタム機を撃墜すれば上位に食い込む事もできる――とは、理屈の上にしか存在しない話であるが。


 ジャイアントキリングは滅多に起きないからジャイアントキリングである、くらいは惇も知っている。


「頑張ってみるよ」


 ただそういって、機体が並べられている格納庫へと向かう。


 そんな惇の背中へもう一回、晶の声がかけられるが。


「不愉快な思いをさせようとしてくる相手は、それでも0じゃない。でもまぁ、そんなのが出た時も対処法があるから気にせずに」



 ***



 機化猟兵きかりょうへいは全高4.5メートル程度。巨大という程、巨大ではないのだが、バックパックと一体化しているコックピットへ巻き上げ式のワイヤーを使って搭乗しようとすると、流石に慣れない光景を見る事になる。


 惇がコックピットで確認する事は、初めて搭乗したときと同じだ。


 格納庫からカタパルトへ移動し――、


「第3バトルロイヤルが開始されます」


 アナウンスがコックピットに流れる。


「フィールドは山岳地帯。天候は快晴。地雷原なし」


 晶たちとの協力プレイでやってきたのは主に宇宙空間だった事もあり、着地した地形は惇にとって新鮮だった。


 ただ新鮮である事が、この世界がどれだけ没入できてもゲームという事を示している。


 宇宙であろうと惑星上であろうと、上下や方向、方角の感覚はしっかりしていて、慣れていない事を原因に起こるパニックがない。


 惇は適応できた。


 そして初期配置は、勝利数や撃墜数、プレイ時間などをシステムが考慮し、近い実力同士が近くには位置される。



 このシステムの名前はコンコルディア――。



 ローマ神話で調和、相互理解を司る女神の名をつけられているのは、戦闘には不似合いかも知れないが,ゲームにとっては理想の名だ。


 程なく惇のレーダに反応が現れる。


 ――敵機!


 惇の顔に緊張が浮かんだ。何もいじっていないスプライトのレーダ範囲は狭い。こちらが気付いたという事は、敵も気付いている。


 山岳地帯という事もあり、高低差を利用する為、高所を取るのがセオリーであるが、


「近づいてくる?」


 惇を思わず呟かせた敵機は、惇へ真っ直ぐ向かってくる。


 標準装備のスプライトであるから、惇が取る行動は一つだ。


 ――隠れて、狙う。


 惇のスプライトには、標準装備のビームライフルとビームセイバーしかないのだから。近づいてくるなら、隠れて狙う方が良い。


 目視できた敵機は、少しカスタムされていた。惇の駆るスプライトと同様、初期機体のゴブリンは、曲線で構成されるスプライトとは対蹠的に、平面と直線で構成された無骨な機体。その装甲を、下半身は黒、緑、黄緑、白のピクセル迷彩に、上半身はオリーブドラブに塗り分け、武器をショットガンに変更済み。


 惇にも最低限の観察眼は身についている。


 ――接近戦用だな!


 ショットガンは敵機との距離が近くなればなる程、威力が増す武器だ。また距離が離れれば拡散する散弾が敵機の機動を阻害し、その隙に距離を詰めるという戦い方もある。


 だが物陰を確保しているならば、先手は惇のもの。直進してくるゴブリンのプレーヤーは、惇と同じ初心者に違いない。銃撃される事に対する警戒が薄すぎる。


 ――ホイールダッシュは、前にしか行けないんだ。


 ゴブリンの脚部についている走行用の車輪―ただしゲームの設定では車輪ではなく、それ自体が無鉄心電動機とされている――は、足下に固定されているだけに、足の向きと同じ方向にしか走れない。


 惇はゴブリンへ照準を合わせ、トリガを――、


「は!?」


 引いた瞬間、惇は頓狂とんきょうな声を上げさせられてしまう。



 足の向きと同じ方向にしかできないホイールダッシュを、ゴブリンは横に行ったのだ。



 ただ初心者を脱し、中級者へ向かおうとする者でも、この機動はおかしいものではない。


 荷重移動と急制動を利用すれば、機化猟兵はする。


 ゴブリンは文字通り惇のスプライトを捉えられる位置へ滑り込み、ショットガンの銃口を上げた。


 ただコンコルディアの調和は正しい。


 ゴブリンのプレーヤーと同じく、惇も初心者を脱していると判断されたから、この配置になっているのだ。


 ――前だ!


 惇は一も二もなく飛び出した。ショットガンは接近戦で真の威力を発揮する武器であるから、自分から接近するなど自殺行為かも知れない。しかし後ろへ逃げても、ショットガンの制動力――機化猟兵を硬直させる威力に足を止められ、ビームセイバーなりの近接戦闘で仕留められる。


 勝機は前――それを選ぶのが、今の惇が身に着けているセンスだ。


 ショットガンの衝撃に揺れるが、スプライトはゴブリンの真横を掠めるように離脱する。


 機化猟兵は腰から上が360度回転する構造であるが、それは起立している場合の話であり、走行中では60度も回せばバランスを崩して倒れ込む。


 ゴブリンは追えない。


 それどころか旋回しようと立ち止まってしまい、その隙を惇は一度、突けた。


 そしてこの場合、隙を突いて撃てる場所は、惇にとって値千金。


「背中!」


 4メートル程度と設定されている機化猟兵であるから、コックピットは機体内部ではなくバックパックにある。



 撃てるビームは一発だけだが、コックピットに直撃を食らわせられれば勝ちだ。



 速度のエフェクトも相まって歪む視界の中で、惇は必死の形相。


 ビームは――、ゴブリンのプレーヤーも必死の抵抗でコックピットは外した。


 ――くっそぉ!


 歯噛みする惇。そしてビームは実弾と違い、制動性というものがない。次はゴブリンの番だ。

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