第2話「メンバーの共通点とか色々と」

 じゅんは自分が押しに弱い事を自覚している。あきらとサムがいなければ、弥紀に押し切られて入会させられていたはずだ。


 ――そして、あんまり面白くない高校生活を送ったんだろうな。


 そこまでの予想は悲観的すぎるというものだろうが。


 流されやすく、あまり自分から提案したがらない正確は自室にも出ていて、今も惇が使っている机は小学校の時から変わらない「学習机」だ。唯一、変えた椅子も、人間工学に基づいて設計された……などという事はないオフィスチェアである。


 そんな椅子に腰掛け、入会届と共に渡されたゲーム――Riot Fleetsの小冊子に視線を落とす。昨今、ゲームはダウンロード、書籍は電子書籍が主となっている今であるのに、ゲームを販売促進に小冊子を用意しているのは珍しい部類になるのかも知れない。


 その小冊子の冒頭を、惇は口に出して呼んだ。


「Riot Fleetsは、惑星間戦争を背景に、艦隊戦とメカバトルを行うシューティングゲームです」


 人型戦闘機をロボットではなく「メカ」と表現している所に制作陣の拘りがある――というのは、惇も知らない話であるが。


 ――専用ツールがあり、それを使えば自機……機化猟兵のデザインから果ては設計すらも行える。


 システムにより理に適わない機体や艦艇は排除されるため、無制限で投入できる訳ではない。


 また機体にはそれぞれコストが設定されており、それを撃墜された時、相手に渡るスコアとしている。


 また対戦の勝敗の判定にチームの合計スコアが関わる場合もあるため、コストが高い機体に乗る事がチームにとってリスクとなるのも、バランスを保てる要因であるらしい。


「ふーん」


 そうとしかいえない惇は、そこでコツコツと窓が鳴るのを聞いた。


 振り向いて窓では、向かい合った隣家の部屋からゴムポールを投げていた弥紀みのりの姿が見える。いとこ同士、窓越しに顔を突き合わせられるのは、子供部屋の配置としては正しいのかも知れない。だが思春期を過ぎた男女のいとこが、そうする機会はとんとなくなっていた。


 弥紀も恥ずかしそうに頭を掻きながら、


「窓越しに話すの、何年ぶりかな?」


 中学に上がった頃には、もうこういう風に話す事はなくなっていた。


 いつからか……それを惇は、思い出すまでもなくいえる。


「弥紀姉ちゃんが中学に上がった頃には、もうしてなかった」


 手を繋いで登校していたのは、惇が小学校3年くらいまで。


 それでも小学生の頃は一緒に遊んでいたが、それも惇が小学生6年の時に終わった。


 ただ弥紀は小首を傾げ、


「そうだったっけ?」


 ただ惇の記憶は間違いない。「いや、そうか」と誤魔化すような笑みを浮かべた弥紀は、開け放たれた窓枠から身を乗り出し、


「ゲーム同好会のことなんだけど」


 弥紀が惇としたかったのは、その話だ。


「一緒に遊んでた頃はゲームしてたし、何なら大好きだったでしょ?」


 晶やサムは気が向いたらでいいといった事だが、弥紀にはもう少しいいたい事がある。


「きっと会長とは気が合うと思うんだけど……どう?」


 ただいわれた方の惇は、窓枠に片足をかけ、半身を乗り出させるように腰掛けると、「んー」と一度、思案顔。


「何でだろうな?」


 確かに弥紀のいう通り、小学生の頃はゲームが大好きだった。


 ――初めて買ってもらったゲーム機は、弥紀姉ちゃんとお揃いだったっけ。


 惇から見て叔母にあたる弥紀の母親から、弥紀とお揃いでゲーム機をプレゼントしてもらったのは小学校1年の時。中学に上がる寸前に、そのゲーム機の後継機が発売され、フルダイブ対応のVR機器も購入済みであるが、触れる頻度はこの3年で0になった。


 惇も欲しいとは思ったのだが、買わなかった理由は自分でも分かっている。


「何となく……ゲームに飽きたんだよな」


 一言で済んでしまう。



 



 スコアとテクニックだけを競う事を無機質と感じた惇は、そういう結論を出した。


「ストーリー性とか音楽とか、そういうのがサブになってるから、今のゲームに飽きるの早くて」


 Riot Fleetsのストーリーモードも、今日、プレイした感じでは脇添えのように思うが故に、惇の熱は今となっては下がっている。


「それに、ストーリーモードより対戦だけやってるプレーヤーが多いんだろ?」


「そうだねェ……」


 そこは弥紀も認めるしかない。今日、会長と惇がプレイしたメカバトルだけでなく艦隊戦もある。だがどちらも、結局は惇が飽きる原因となった「スコアとテクニックだけ競う」だ。


 今、惇が弥紀にいえるのは、


「同好会が存続の危機っていうのなら名前は貸すよ。でも会長……瀬戸先輩は、そういうの嫌いなんだろ?」


 それは弥紀の顔に苦笑いを浮かべさせてしまう。


「会長は人と遊びたいって思ってるから、名前だけっていうのが嫌いなの」


 晶が欲しているのがであるのは、弥紀も知っている。だからこそ遊び相手以外を入れるというのは本末転倒だ。


 ただ弥紀は、だからこそ惇に同好会に入って欲しい――共にゲームをプレイするメンバーになって欲しいと思うのだが、説明が上手い訳ではない。


「会長も、本当は得点とテクだけ競うゲームは好きじゃない。だけど、同好会をやってると、競った後の勝ち負けだけじゃない部分があるから、続けたいって思ってるの」


 惇としては首を傾げるしかないのだが、弥紀はそれでも訊く。


「……少しも興味ない?」


「いや……」


 溜息交じりになる惇だが、ふと思う。


 ――そいや、俺、今の趣味はなんだ?


 ゲームに飽きたといいながら、それに変わる趣味を今、持っているのか? と考える。


「……」


 思い浮かばない。


 惇の沈黙に、弥紀が声をかける。


「小学校の時は、割と新しいもの好きを地で行ってたよね? あと行き過ぎてふざけてるレベルにいっちゃうくらい賑やかし担当だったり」


 今、趣味と呼べる何かが思いつかない事こそ、弥紀には不思議くらいだ。ただ答えが簡単に出てこないから、惇は言い淀んでいる訳だが。


 そして答えを期待していた訳ではない弥紀は、次に繋げる言葉を投げかける。


「多分、会長とは気が合うよ」


 これは安請け合いではない。


「あの人も、ふざけてるレベルで賑やかす……というか、ぶっちゃけ、惇と同系統の行動を取るタイプよ」


 惇と晶に共通する悪癖がある。


「嫌いな先生に真っ向から冷や水ぶっかけにいくし」


「冷や水?」


 鸚鵡おうむ返しする惇に、弥紀は「そうそう」とこらえきれない笑いを漏らし、


「ヒステリー起こす国語の先生に、俳句とか和歌とか作れっていわれた時――」


 弥紀がいった晶の句。



「クソ食えば、ウンコ出た出た、下痢っ腹」



 惇も似たような事をした。別の教師に対してであるが、同じくヒステリックな国語教師に対し、


「あんたのは確か……、春来たら、虫も這い出る、アホも出る」


「……俺のは春が季語だろうが。瀬戸先輩の方が大分、酷いぞ。季語も何もない」


 といいながらも、惇も吹き出している。


「ただ体言止めと脚韻きゃくいんを使ってるから、技巧はあるでしょ」


 窓に腰掛けながら、いとこ同士が笑い合う。疎遠になっていた二人が、また以前のように連むようになる切っ掛けである。


 それは同時に、この馬鹿馬鹿しい遣り取りは、惇が翌日、職員室にゲーム同好会へ入る届出書類を提出する切っ掛けにもなった。

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