Riot Fleets-市立峰高校ゲーム同好会の日々-

玉椿 沢

第1章「篁 惇の人間関係」

第1話「人型兵器に乗れるゲーム」

 ひとつ、深呼吸。


 たかむら じゅんがプレイするフルダイブVRのゲームでは、匂いも再現される。鼻腔をくすぐるのは、抜けきらぬ機材の匂い。


 硬めのシートに気持ちだけ深く腰を下ろし、左右の手に馴染まないスティックを握る。



 ここはコックピット――戦闘機ではなく、人型兵器の。



 現実には存在しないものを操縦して戦える「ここ」はゲームの世界。


 コンソールにも様々な計器が据えられているが――、


「チェックするのは、速度と方向だけで大丈夫だよ」


 女子の声が通信機を――フルダイブ型のゲームで通信機というのもおかしな話だが、通信機の形をしたオブジェクトを介して聞こえた。


 現実で戦闘機を操縦するなら、エンジンの内圧や温度、ディストリビュータの電圧など、確認しなければならない計器は目が回ってしまう程、多いのだが、ここはゲームの中。それらはトラブル発生のインジケータだけ気にすれば良いし、警報が鳴ってから慌てても間に合うようになっている。


 シートに座る惇は「はい」と短く返事をし、コンソールからひとつ信号を送る。



 QX――オールグリーン。



 その信号で、女子が彼へ声を投げかける。


「発進」


 カタパルト射出は、身体に強烈なGこそかからないが、視野狭窄とシートに軽く身体を押しつけられる演出でリアルさを出す。


 現実の宇宙がどんな光景かは知らないが、ゲーム内の宇宙は星の瞬く夜空で表現されている。


 その星空の中に、黄色い丸が現れた。


 ――Enemy insight.


 合成音声が敵機だと伝える。


 緊張感が高まる中、更に接近していくと、黄色い丸が赤く縁取りされた。


 敵機をロックオンした事を示す表示である。


 右手で握っていたスティックの、人差し指が当たる所にあるトリガを押し込む。機体の右手に装備されたビームライフルから光芒が走るが、ビームライフルはあくまでも直線だ。また現実ならば光速なのだが、ゲーム中では弾丸よりは速くとも目視できるスピードである。


 途中で曲がったりしないビームは、加速した敵機の背後を掠める程度で闇の中へ消えていった。


 次の瞬間、敵機からの反撃がある。


「ッ」


 スピードを上げて敵機と同じく横へ加速させようとするが、不慣れが加速を一瞬、遅らせた。一瞬の遅れに過ぎずとも、敵機の攻撃が命中するには十分である。


「うわ!」


 惇に悲鳴をあげさせた振動の原因は、被弾とそれに伴う爆発音。これも実際に宇宙での戦闘であれば爆発音などしないのだからリアルではないのだろうが、ダメージを体感させるリアリティとなる。


 HUD表示で機体の状態が示された、破損は左腕。当たり所が悪かったのか、クリティカルヒットを示す文言もある。左腕は使用不能にされてしまった。


 気持ちを落ち着かせるため、「フーッ」と大きく深呼吸をしたところで、また通信機から女子の声が。


「パージして、軽量化したと思えばいいさ」


 使えなくなった腕部は切り離せといった女子の乗る機体が、追撃しようとしていた敵機に牽制の射撃を加える。


 惇は「はい」と返し、いわれた通りコンソールを操作した。人が四肢を失えばバランスに狂いが生じるが、ゲーム内では単純に重量がマイナスにされるだけ。


 軽量化したと思えばいい――その通り。惇は回避行動を取る敵機へ狙いをつけなおす。


 ――右手はあるんだから!


 敵機の方向へ追従して動く。


 ――右、右!


 しかし狙おうとすればする程、右腕が外へと開いていき、ビームの光芒は敵の「いた」場所へ置いてきぼりにされるばかり。


 焦った。初めてプレイするゲームだという事を差し引いても、この敵機はCOM機――コンピュータのパターン通りに動く練習用。


 思わず叫び声が出てしまう。


「当たれよ!」


 やられメカだろうが、ともいってしまうのだが、これにはやはり先導している女子から指摘がある。


「横に逃げられたとき、方向転換してついて行くんじゃない。前へもっと加速するのだよ」


 やり方が違う、と。


 惇は、自分の機体も敵機も人型だからか、正面で攻撃しなければならないと思ってしまっているが、それこそが間違いだ。


 惇は「前?」と鸚鵡返しにしたが、女子からの返事を待たず、「はい」と首肯で答える。


 ――前か!


 仕切り直す。設定されたパターンを繰り返すCOM機であるから、同じシチュエーションはすぐだ。


「横に逃げた!」


 正面同士をキープしようと、反射的に横へダッシュさせようとしてしまうが、それを堪えて女子の指示通り前方へ加速する。


 前方へ加速し、ロックオンされている照準へ――、それを見た瞬間、惇は思わず声をかげた。


「あ!」


 横方向へ敵を追撃した時は全て後方へ流れてしまっていたビームが、今は敵へと真一文字に飛んでいく。


 そのビームは敵機を貫き、HUDに「Hit」と表示させた。自分の指示した通りだろう、と女子が笑う。


「敵の移動方向と、攻撃の方向が一致してないと命中しないのだよ」


 ここだけは現実の空戦と似ている。水平方向へ移動している敵機を狙うには、敵機の移動速度と弾速との差を考慮した見越し射撃が必要となるが、これは高等技術だ。


 射撃と敵機の軌道が同方向か、もしくは真逆の時が命中しやすい。


 何度も短く「よし、よし」と繰り返している惇に、女子は笑う。


「面白いと感じてくれたのなら良かった。一度、練習を終わらせようか」



 ***



 惇が、従姉の由佐ゆさ弥紀みのりに腕を引かれたのは、入学した高校で部活動の紹介が終わった直後だった。


 小学生の頃はよく遊んでいたが、弥紀の中学進学を機に疎遠になっていた従姉である。同じ高校に入学してきたからといって、距離が縮む理由はない。


 目を白黒させる惇が何か感想を抱く前に、弥紀が連れてきたのが、今、フルダイブ型VRのガジェットを設置している部室集合棟。


 体育館だった場所を改装し、まるでアーケード街のような外見を持つ部室集合棟の外れに、元は用具室だった部屋がある。


 今もネームプレートが空白の空き部屋で、惇はゲーム内と同じく、一度、ゆっくりと目を閉じて深呼吸した。


 あまりゲームをする方ではなかったが、さりとてスポーツを趣味にしている訳でもない惇は、正直、1プレイした所で楽しさはよくわかっていない。


 そんな惇は、目を開けた瞬間、アップになっていた従姉の顔にこそ驚かされた。


 驚く惇を余所に、弥紀は文字通り目をキラキラさせていて、


「楽しかったでしょ? どう?」


 ショートボブに切りそろえられた髪が縁取る卵形の顔を、惇の鼻先に迫らせる。


 勢いに押される惇は「うん」といいかけるのだが、そんな弥紀の肩を叩く女子生徒がいる。


「勢いに任せて押し切ろうというのは、よくない」


 肩に掛かるくらいの黒髪が額に落ちてこないよう、ヘアバンドでアップにしながら弥紀に呼びかけている声は、先ほどのゲームでフォローしてくれていた女子の声だった。


 肩を叩いた女子へ振り向けられた弥紀の顔は、隠しきれない不満さがあり、


「でも部長――」


「部になった事なんて一度もなかったろ?」


 彼女たちのグループは、ゲーム同好会。それ故に部室のプレートが空になっているのであり、長の肩書きは部長ではなく、会長になるのだろうが、そんな事は今の弥紀にとっては上げ足取りというもの。


「会長、今、一人でも会員を増やさないと、同好会ですらいられないんでしょ!?」


 冗談めかしてはいるものの、弥紀の声は荒らげられていた。所属する生徒が4人以上で同好会、7人以上で部活動として認められる。


「6月までに新会員を一人でも入れないと解散させられて、ここも明け渡す事になるの、わかってる?」


 今、ゲーム同好会の会員は3人であるから、何とか惇を入れたいという弥紀の気持ちは、会長にも分かるのだが、


「だけど、興味のない人を誘うのは違うだろ」


 肩を竦める会長は、会の存続を最優先している訳ではない。


「名前だけ貸してくれればいいというのは、私は反対なんだ」


 弥紀と同じく2年の徽章をつけている会長の名は、瀬戸せと あきら


「先輩に名前だけ貸してもらうのは、去年、やったろう? 私は、あまり面白くなかったんだ」


 晶は弥紀へそう告げて、くるりと惇に向き直る。


「こういうゲームは、誰かと一緒に遊ぶゲームだから」


 人と一緒に遊びたいから同好会を作ったのであって、その会で名前だけ貸してもらうのは本末転倒だと感じてしまうのが晶のセンスだ。


「入ってもいいなと思ったらで構わないよ」


 などといった会長の隣りから、にゅっと伸ばされる白い手と、少々、発音や抑揚の違う女子の声もある。


「でも入会届は、渡して置いた方がいいでしょうネ」


 惇、弥紀、晶の視線が集中する女子は、金髪に白い肌が目立つ留学生だった。


 その手には透き通ったイエローのジュースが入ったグラスが二つ。


 その一つを惇に手渡し、


「フルダイブ型VRは疲れますカラ。水分補給とビタミンCは大事ですヨ」


 どうぞと勧められて飲んだジュースは、爽やかな甘酸っぱさのレモネードだった。


 粉を水で溶いたものとは明らかに違うレモネードは、惇の身体に染み渡り、ただ一言を出させる。


「美味しいです」


 自家製であろうレモネードをくれた先輩は、姉妹都市からの留学生だとは分かるのだが、名前までは覚えていない。


「ありがとう。えーと……?」


「サマンサ・アップルベリーでス。サムと呼んで下さイ」


 もう片方を晶へ渡したサムは、惇と握手を交わす。


「私も同好会には続いてほしいケド、それは一緒にゲームができる人が増えてほしいって事だかラ」


 サムは入部届を手渡しながら、「だから、ゲームしても良いなと思ったら、出して下さい」と告げた。

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