第55話 魔女と騎士の穏やかな夜

「ジャドール」


「……はい」


 ジャドールが室内に戻るのを待っていた。


 待っていて扉が開くと同時に彼に声をかけた。


「ど、どうかしましたか?」


 わたしがここにいることまではわかったのだろう。ただ、いきなりこんな切羽詰まった声で話しかけられて、彼の方も驚いているのが伝わってきた。


「お願いがあります」


「はい。どうぞ」


 いつもながらに迷うことなく即答だ。


 少しくらい疑問を持ってくれたっていいと思うのに。


 しかしながらわかったうえで聞いたわたしも確信犯だ。


「明日、街に連れて行ってくださ……」


「わかりました」


「えっ、あっ……いいんですか?」


 外へ出たいと言ってもこれだ。


 例えばわたしが逃げたって本気で追うことへの自信はあるのだろうし、わたしも彼の強さは理解している。


 それでもいつもあまりに信頼してくれている。だからこそ、絶対に裏切らないのだけど。


「当たり前でしょう。あなたの願いは最優先事項です」


「……ありがとうございます」


「ただし、日差しがずいぶん強くなっていますからね。あまり暑くない格好で準備してくださいね」


「……はい」


 うまくいったし、こうなるとは思っていたけど、逆に罪悪感なるものが生まれてくる。


「あっ、あの……」


「ん?」


「怪しいことをするわけではありません」


「はい」


 わざと自ら悪いことをしますと宣言する人間なんていないと思うけど、言い訳じみた言葉を並べて、今考えていることを少しでも彼に伝えられたらと思った。


「こ、これを見つけて……」


 さきほど出にした書籍を彼の前に出す。


 魔女の秘薬。


 タイトルにはそう書かれていた。


 中に挟まれていた地図も、一箇所変な記載があり、それを彼に見せようとしたとき、


「珍しい文字ですね」


 などと言ったジャドールの言葉に驚いた。


(え?)


 彼を見ると不思議そうな表情でこちらを見返してきていたところだった。


「ジャドールも読めないんですか?」


 いつもの文字と変わりはない。


 それなのに、彼には読めないとはどういうことだろうか。


 そばにより、書籍を開いてみせるとようやくここで彼が中のイラストを見て興味を示す素振りを見せたため、本当に読めないのだと思わざるをえなかった。


「これ、薬草についてたくさんの記述があります」


「へぇ」


 書籍を手に、指でなぞる。


 読めるわけではないが、文字を追っているようだった。


 いつも分厚い本を開いている読書家の彼はわからない言葉があるとこうして扱っているのかと思える新鮮な動作だった。


「ここに、いくつか材料やその代用品が記されていて……」


 彼の知らないことをわたしが知っているのはほとんどないため、嬉しくなった。


「あなたはこの文字が読めるのですね」


「はい」


「さすがです! 俺の魔女様はやっぱりすごい!」


「この地でお世話になったものが教えてくれました」


 きっとそうだ。


 これはわたしにだけ読める言葉なのかもしれない。


「これは魔女の文字、なのですか?」


「わかりません。外国の言葉だと思っていましたが、ジャドールもわからないのであれば……あっ、いえ……」


「俺もわからないことばかりですよ。よかったらこの文字についても教えてください」


 失言したかと思ったものの、彼は気にした様子はなく、いつものようにまぶしい笑顔を向けられた。


「わたしが作ろうとしているのは、これです!」


 こうして、わたしのしようとすることに興味を持ってもらえることもとても嬉しく、座りましょうとソファーに向かった彼に続き、わたしもその隣に腰掛けた。


 分かる範囲で説明をすると、彼は彼なりに意見を持ちながらうんうんと聞いてくれた。


 だから、いつもよりも話しすぎてしまったかもしれない。


 わたしは時間を忘れてこの時間を楽しんでいた。

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