16歳 夏

第54話 魔女はもう振り返らない

「こ、これは……」


 殺風景な室内の一角が光って見え、手を伸ばすと小さな隙間があった。


 知らなかった。


 この部屋にはいくつ隠された隙間があるのだろうか。


 どうして光って見えたのかはわからない。


 魔力が強まったからだろうか。


 魔女になるよう意識をし始めてからは変わって見える景色が増えた。


 違和感を持ちながらも触れてみると、意外なところにヒントがいくつか隠されていて、わたしの力になってくれたものが多い。


 ジャドールと並んで同じ景色を見ているつもりが、実はわたしにしか見えていないものもあったりする。


 そこが彼との大きな違いで恐ろしいところなのだと思うと淋しくもなってしまうけど、わたしは前に向かいたいと決めたから、自分の選択は間違っていないのだと自身に何度も何度も言い聞かせる。


 ついついネガティブに考えてしまいがちだけど、考えを改めるよう心がけることも決めた。


 ひとりでも褒めてくれる人がいる。


 これは大きな自信に繫がった。いつまでも無意味に自分の殻にこもるのはやめたい。


 自分の考えを変えることは難しいことだけど、まずは自分自身でマイナスな妄想を作り上げないようにしていきたい。


「えっ……」


 想像よりも広い隙間の先に何か指先に当たる感覚があった。


「本……」


 隙間の奥にそんなスペースがあったのかと思うくらい分厚い本が入っているようだった。


 手を突っ込むだけではどうにも取れそうになくて、手をかざしてみるもそうそううまくいくものではない。


 どうやったら取り出せるのかと試行錯誤をしていたところに外の方で音がした。


 窓際まで見に行くと、ジャドールがかごを持って庭に出たところだった。


 彼はわたしの視線に敏感だ。


 後ろに目がついているのではないかと思うくらい、じっと見ていると見つかってしまうため、窓から少し距離を置いたところから彼の様子を伺う。


 彼は庭に作った小さな畑の前に腰を下ろし、実をつけたばかりの野菜に話しかけているように見えた。


 見えた……というよりもそう思えた。


 彼が近づいたあとの草木たちが嬉しそうに歌っているように聞こえたから。


 彼に大切に大切にされているのがよくわかる。


 本当に不思議な人だ。


 不思議なほどに魅力的で、人たらしだ。


 甘いマスクと穏やかで優しい人柄は人だけでなく、自然の生き物まで魅了してしまう。


(……そうか)


 思い立ち、もう一度隙間のあった場所に座り、もう一度手を伸ばす。


(わたしに必要なものなら、見せてほしいんです)


 心の声で語りかけてみる。


 この建物の木はジャドールに惹かれているわけではないと思うけど、語りかければ少しは反応してくれるのではないかと思えた。


 まぁ、そううまくいくわけがないかと手を離そうとしたとき、ものすごい勢いで本が手のひらに収まってあまりの衝撃にひっくり返ってしまったほどだった。


 わたしは、自分自身がわからない。


 今のはわたしの力なのか、それさえもわからない。


 強くなりたい。


 そう思うのに散々たくさんのチャンスを潰してきて、今ごろ後悔をしている。


「リタ……」


 天井を眺めていたら、自然と声が漏れた。


「会いたいよ……」


 何度も何度も立派な魔女になれるように導こうとしてくれた。


 そんな彼に、わたしはいつも背中を向けていた。


「リタ……」


 今なら、今ならたくさん聞きたいことはあるのに。


 しばらく起き上がれそうになくて、ぐっと目をつむる。


(泣くな。絶対泣くもんか)


 自分自身にだって、負けてはいられない。


 前に進むって決めたんだから。

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