第53話 魔女の秘薬は涙をのんで
「い、痛い! 痛いです! 魔女様っ!」
「痛いと最初から言っていたではありませんか。もう少しですから、耐えてください」
わたしにできるのはこれが精一杯だった。
「痛い、痛い〜〜」
「ちょっ、どさくさに紛れてどこ触ってるんですかっ!」
珍しくつらそうに悲痛の叫びをあげるジャドールに申し訳なく思っているが、痛い痛いと言いながら少しずつ距離を縮められ、いつの間にかしがみつかれているのはいかがなものか。
「こ、こうしていないと痛いです」
大きな犬ようだ。
わたしの肩に顔を埋めているためさらさらで良い香りの髪が頬をくすぐる。
「口づけをしてくれたら、この痛みも治るかもしれません……」
「な、治りませんよ! 何言ってるんですか!」
確かに、『魔女の接吻』は万能薬であるらしいが、そんなに簡単にほいほいも口づけられるわけではない。
「試しにしてみましょう!」
「……あ、あなた、本当は痛くないんでしょう」
「そ、そんな……本当に痛いです。痛いです〜魔女様〜っ! 魔女様〜、かわいい〜、魔女様〜好きです、大好きです! 愛し……」
「だ、だからどさくさに紛れて関係のないことを言うのはやめてくださいっ!」
心臓がいくつあっても足りない。
だけど、涙目になっているようだから相当痛いのは本当なのだろう。
ひどいことをしているのはわかっている。
「あなたのきれいな顔が好きです。だから、傷を残したくないんです。もう少しだけ、我慢してください……」
早く痛みが引くように願いながら肩に埋めた彼の頭に頬を寄せると「顔だけなんて嫌です〜」とまた論点のズレたことを言い、憤慨される。
「痛くてこの体勢から動けそうにありません」
「ええっ!」
「あなたが可愛すぎるのが悪い!」
「無茶苦茶言ってますからね!」
相当痛いのだろう。
支離滅裂な発言をし始めた彼は、やはり彼が望んだら王宮へ返しておばあちゃんに適切な処置をしてもらった方がよかったのだろうかとさえ思えてくる。
「ジャドール……」
「……はい」
「ここに戻る選択をしてくれて嬉しかったです」
「えっ……」
悲鳴に似た声を出していたくせに、いきなりビタリと動きを止める。
「ありがとうございます。あなたがいてくれることは、とても心強いし、有り難いです」
朦朧としている時にしか言えないわたしを許して欲しい。でも、これが精一杯なのだ。
「……お、俺をどうしたいんですか」
「え?」
感謝を述べたつもりが、涙目の彼に睨まれることになる。
「ど、どうしたいって……あなたに過度な要求をするつもりはありません。わ、わたしはただ、ほっとして……」
「いきなり攻撃するのは辞めてください! 頬だけでなく胸も……いや、もう、ありとあらゆるところが痛い! 痛いです! 大好きです」
さらにわめきながらまたきつくきつく抱きしめられた。
「怪我をしたことは反省してくださいね」
仕方ない、と彼の頬に軽く手をかざす。
「また、安易に怪我なんてしたら、この痛みを味わってもらいますからね」
言いながら手のひらに力を込め、彼の頬から驚くほど火照った熱を吸い取ろうとした。
「それは結構です」
「えっ……」
添えた手を掴まれ、そのまま彼は自身の口元に近づけた。
「今は、これでいいです……」
「なっ、何言ってるんですか。こんなこと、何も変わるはずは……」
「あなたこそ、自身を犠牲にしようとするくせを何とかしてくださいね。俺はあなたが痛い方がもっと嫌です」
やけに冷静な口調に戻り、ちゅっとわたしの手首に口づける。
「ひいっ! なっ、何を……」
「魔女様が自分自身を大切にしてくれないと嫌です」
何度も何度も彼の熱が手首から伝わり、ぎょっとする。
「た、大切です! 大切に決まってますよ!」
誰のためを思って……そう言ってやりたかったが、痛い思いをさせてしまっているのは間違いなくわたしであるため、あまり強くは言えない。
「わたしももっと力をつけて、こんなつらい思いをしなくてもいいように努力しますから。今日は耐えてください……」
「……今日はこのまま過ごします」
ぐすん、と珍しく弱気な彼はまたヘナっと元気を失ってしまい、わたしの肩に戻った。
早く治りますようにと心の中で強く念じる。
そのあと数日、彼は頬に痛みを感じるたびにわたしにしがみついては頬や額などありとあらゆるところに口づけをしてわたしを騒がせたものだったが、傷跡もきれいさっぱり元通りに直ってもまだしがみつこうとしたため、怒ったわたしが数日間彼に接触禁止を言い渡したのは、誰も知らない事実であった。
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