第52話 あなたとあの森で生きていきたい

「さてと、君をあまり独り占めしていると君を大切に思う騎士に絞め殺されてしまいそうだから、そろそろ退散しようかな」


「え?」


 どういうことなのかと聞き返したかったが、あーあ……と肩をすくめ、ユリシス様は声を上げた。


「そこにいるんだろ、ジャドール。おまえにも頼みがあるから出てきてくれ」


「えっ!」


(うそっ……)


 ムスッとした表情のジャドールと騎士の方々が数名近くの木の陰に控えていたらしく、ユリシス様の声に姿を現す。


「ジャ、ジャドール! い、いつから……」


「最初からに決まってます」


「なっ!」


 そ、そんな、冗談じゃない。


「大丈夫。あの距離ではさすがに聞こえていないはずだから」


 さきほどの話を聞かれていなかったかとひやっとするも隣のユリシス様にこそっと耳打ちをされて小さく安堵する。


 余裕をなくしたわたしたちとは裏腹に余裕綽々のユリシス様は声を弾ませて続けた。


「言いたいことがあるようだけど、先に聞こうか?」


「いえ、用件をお願いします」


 ユリシス様が笑って、珍しく反抗的な態度でジャドールはひどく嫌そうな顔をした。


「わたしがもともと留学していたロスターニアの国は知っているか?」


「はぁ」


 話し出したユリシス様の言葉をさぞ興味がない様子で適当な相槌を打つジャドール。


 こちらがヒヤヒヤしてしまうほどの温度差を感じる。


 それでも本当に騎士のみなさんはもちろん、ユリシス様といるときのジャドールはいつもと別人のようでとても新鮮である。


「もうすぐそこへ行く際、1日だけ騎士のおまえと魔女のフローラに護衛を頼みたいんだ。もちろん、お忍びで頼みたい」


「えっ……」


(え……)


 ジャドールと同様に声が出そうになった。


「うちの騎士たちはだいたい隣国にも顔が割れている。その点おまえたちふたりなら誰にも知られず行動することができる。まぁ、何かあるというわけではないが、用心をするに越したことはないだろう」


 そうして、にっと口角を上げた。


「い、いいんですか? 俺らを国外に出して……」


 もちろんそうだろうけど、ジャドールは心底不安そうに見えた。おっしゃるとおりだ。


「両親はわたしが説得する予定だ。詳しいことは改めておまえ宛てに通達を送ろう」


「はぁ……」


「なんだ、不満なのか?」


「いえ、あの……俺はまだあの森にいてもいいと……」


(えっ……)


 森にいても……と、彼は言った。


 それって……


「あなたは、出ていきたいの?」


 割って入るべきではないとわかっていたのに、思わず出た声は震えていた。


 ジャドールは、やっぱり出ていきたいというのだろうか。


 そう考えたら、怖くなった。


「ま、まさか……あなたといられるなら地獄の果てでもついていく、といつもお伝えしているはずです」


 考えるよりも早く、ジャドールから訂正が入る。


「そ、そんなことをいつも真顔で言っているのか、君は……」


 などと、ユリシス様も驚かれるほど勢い良く。


(い……いやだ……)


 また、彼を失ったことを想像して、震え上がってしまった。


(いやだ……こわい……)


「あなたが生きたい場所が優先です。必ずそこに俺もいますから」


「まるでストーカーのレベルだな……」


「ユリシス様!」


 ジャドールとユリシス様の声が遠くに聞こえる。続きを聞くのが怖い。でも……


「わ、わたしはあの森に住み続けます」


 怖くても、つらくても、わたしはあの場所で頑張ると決めたのだ。


「まだ、やり残していることはたくさんあります。覚えなくてはならないこともたくさんあります。それから……」


 (こっ、こわい……こわい……こわい……)


 胸が大きく高鳴り、手がブルブル震える。


「怪我をしたら、悲痛の叫びが上がるほど苦痛な薬草をたっぷり塗ると約束しました」


 拒絶されたら仕方がないけど、わたしはまだ、自分の力で何もしていない。


 口に出さず、不満ばかり言っているだけだ。


「や、約束は守ってください!」


 ぐっと目を閉じる。


 無理だと言われたら、またひとりで泣けばいいのだ。そんなの慣れている。


「……魔女様」


 驚いた声を出した彼の顔が見られない。


 祈る思いで彼の返答を待つ。


 一瞬が永遠に感じられた。


「喜んで」


(えっ……)


「あなたの罰を受けたいと思います」


 その言葉とともに、彼の大きな手に抱き寄せられる。


「この命尽きるまで、あなたとあの森で過ごします!」


 騎士の方々が拍手をしたり、声を上げて笑う中、ユリシス様が落胆したように頭を抱えたのが目に入った。


(なっ……)


 彼のたくましい胸板に頭を預け、状況をゆっくり理解して、徐々に湧き上がる熱を感じ、突如として噴火するように叫び声を上げたのは、そのあとすぐのことであった。

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