第51話 幸せを想像して見える世界
「フローラ、君をわたしの側仕えの魔女にしたいと思っている」
「えっ……」
一体何をお話されるのかとドキドキしながらユリシス様のあとに続き、村が見渡せる高台を少し登ったところで彼は部下たちを下がらせたところだった。
突然の言葉に驚きが隠せない。
「君はあの森にいる必要がない人間だ。君さえ了承してくれるのならあの森から出てほしいと思ってるんだ。もちろん、わたしの側仕えと言っても縛るつもりはない。フローラ、君には今までの分も幸せに生きてほしいと思っている」
もう自由にしていいんだよ、と彼は笑う。
「わ、わたしの幸せ……」
彼のいう『幸せ』という言葉を声に乗せる。
(しあわせ……)
日差しが差し込んできて、目が覚める。
ほんのちょっと早めに目覚めてこっそり窓の外を眺めるとトレーニングに明け暮れている人がいる。
汗を拭っている姿に、ああかっこいいな……などと思っては、そんな風に思ってはいけないと頭を振る。
目が合えばおはよう!と笑いかけてくれる人がいて、ご飯を一緒に食べてくれる人がいる。
今日は何をしますか?と聞いてきて、できる限り叶えようとしてくれる人がいる。
「……今も幸せです」
想像をした世界はとても温かかった。
思わずにやけてしまいそうになる。
「まだ、帰れないんです」
「理由を聞こうか」
春の日差しを思わせる、柔らかな笑顔はよく似ている。
思ってはいけないのにふと想像してしまって心なしか胸が苦しくなった。
「まだ、償えていないからです」
大罪を犯したわたしは、まだやるべきことがある。
「君は、償う必要がないと言ったら?」
「罪を犯した事実は変わりません。たとえ、理由がどうだったとしても手を出してしまった方が悪いのは当然のことです。ましてや、わたしは一方的な思いで罪を犯しました」
当時の光景を思い出し、唇を噛む。
「あの方は悪くない」
悪くない。
彼の運命を変えてしまったのは、わたしだ。
「妬けるなぁ。そんなに弟が好きだったってこと?」
「はい」
初めて誰が他人を前に認めた気がする。
でも、想いが溢れてきてしまったのだ。
「呪いをかけてでも、振り向いて欲しかった」
そんな権利はないと分かっている。
わたしは罪を償って生きていくべき人間だ。意見なんてできる存在ではない。
そう思っていた。
(ああ……)
口にして改めて実感した。
それでも言葉にできるようになった。
大切なものを大切だと、好きなことを好きという大切さを教えてくれる人がいるから。
だけど……
「まだ呪いは解けていません」
「弟に会うのが怖い?」
第三王子の言葉が思考を静止させる。
「こっ……」
思い出すと、震えが止まらなくなる。
「怖いです。今は、前よりももっと……」
怖い。とても怖いのだ。
自分だけ選んではいけない世界を垣間見てしまったから。
「今もずっと、ずっとずっと呪いは変わらない」
怖くて怖くて、仕方がない。
幸せを知ってしまったから。
本当は手にしてはいけないまやかしの世界なのだとわかっていて触れたくせに。
「わっ、わたしは償っていくつもりです。それだけでは足りない重罪なのは承知の上です。ですが、わたしを信じて大切にしてくれる人がいるから、その人のためも少しでも自分の力で自分の印象を改めていきたいんです」
今までは見て見ぬふりをしてきたけど、これからは少しずつ、人のために何かできることを考えていきたい。そう思っている。
「可能性を放棄してすべてのことから目を逸らせたわたしにできることなんて、限られていますけど」
深くは追求せず、第三王子はフローラの頭をポンポン撫でた。
「こんなにも素敵な女性になったことを知ったら、弟は二度と君を手放さないだろうね」
「ユリシス様はお優しすぎます」
絶対に怒ってもいいはずなのに。
「はは、そうかな?」
「あのお方は、ずっと呪われたままです。もっと責めてくれてもいいのです」
「むしろあいつはもっと反省した方がいい。いや、ある意味幸せかもしれないからますます腹立たしい」
遠い目をして彼は笑う。
「君をいつも大切に思うよ、フローラ。君を本当の妹のように思っている。前から言っていたよね」
「はい。ユリシス様」
「何かあったら、すぐに言ってくれ。まずは真っ先にあの騎士を消し去りに来るから」
多分、兄さんたちが先に飛び出してくるかもしれないな、と第三王子は以前と変わらぬ様子でわたしを笑わせてくれた。
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