第50話 囚人魔女の好きな人

「魔女様が素晴らしい方で安心しました」


 ひとりの騎士が予想していなかった言葉を漏らし、驚いた。


 先ほど、状況説明をするようにとユリシス様にジャドールが呼ばれたときも取り乱したわたしが彼にしがみついていて離そうとせず、ジャドールはジャドールでわたしをなだめることもしなかったためことが進まず、周りの人たちにはずいぶん迷惑をかけたように思う。


 むしろわたしは謝らないといけないくらいだ。


「隊長……あ、正式にはもう俺らの隊長ではないんですけど、あの方……えっと、ジャドールさんはとても素晴らしい方なので、魔女様には失礼ながら魔女様の住む森で過ごされることを心配していました」


 だけど彼らはとても優しい言葉をかけてくれる。


 元隊長ジャドールが優しい人だから、部下の方たちも優しいのだろうか。


「心配どころか、隊長……いえ、ジャドールさん、生き生きしてますね」


「むしろあんなにも鼻の下を伸ばしてデレデレしてる隊長……いえ、ジャドールさんはは初めてですよ!」


 口々に話し始められ、圧倒される。


「あちらからもこちらからもよくモテる人でしたけど、必要最低限しか接しようとしなかったので、新鮮です」


「ひ、必用最低限……意外です」


 いつも必要以上に近づいてくるし、人のパーソナルスペースもお構い無しに入り込んでくる人だ。思わず笑ってしまう。


「でも、俺らには優しいんです」


「そうなんです! 俺らが気軽に話しかけて良い方ではない方なのに、気さくに接してくれる」


「揺るぎない方で、とても自分に厳しい方です」


 たまにジャドールの騎士時代の話を聞くことはあった。


 それでもいつもそれは彼視点で見た世界の話だったため、周りの景色までは想像できていなかった。


 憧れます!と次々に彼の部下だったと名乗る騎士たちが褒めちぎるジャドールの普段は見せない有能な騎士としての一面を聞けるのは思いのほかとても嬉しいことだった。


「必ずやり遂げないといけないことがあるのだと、そのためには常にどんな犠牲も厭わない方でした」


「本当に、本当に本当にかっこいいんです!」


「そうなんですね」


 にやけてしまっていないだろうか。


 抑えなければいけないと思いつつも、緩む口元を隠しきれなかった。


「魔女様……」


「はい」


「隊長のことは好きですか?」


 どう答えていいのか。


 自分などが感情を述べてもいいのか。


「おい、いい加減にしておけよ」


 ジャドールがハルクと呼んでいた青年がまわりの騎士たちを制する。


「た、多分……」


 でも、共有したいと思った。


 こんなにもまっすぐ話してくれる人たちに嘘はつきたくない。


「多分、あなたたちと同じくらい」


 同じ気持ちの人たちとその気持ちをわかちあえるなんて、なんて素敵なことだろうか。


 気持ちを人と共有するのは初めてだ。


「じゃあ、大好きですね」


「えっ!!」


「わぁー! 俺たちも大好きです!!」


「魔女様、一生ついていきます!」


 弾けるような騎士たちの笑顔が溢れ、ハルクは苦笑しつつも口角を上げていた。


 ジャドールという人間はなんて、なんて人に大切にされているのだろうか。


『魔女様〜』


 いや、同じくらい大切にしてもらっている。


 脳裏に浮かんだ彼の笑顔を思い出し、胸がきゅっとなった。


「魔女様、大好きです!」


「うぉー! 俺もだ!」


 口々にそう叫び始めた騎士たちにわたしも心なしか浮かれている。だから、


「おいっ!」


 そう言って後ろから凄い剣幕で現れたジャドールご本人に気がつくのが遅れた。


「むやみに近づくなと言っただろ」


 さきほどの言葉は本人に聞かれていただろうか。


 穴があったら入りたくなり、同時にジャドールの頬にくっきりと残った痛々しい傷に気づき、胸が締め付けられそうに痛くなった。


 変わらないのは騎士たちだけだ。


「隊長! 俺、魔女様が好きになってしまいました」


「俺もです!」


「俺も!」


「ふざけるな、冗談じゃない」


「隊長がリタイアしたら、俺が変わりに森に行きます」


「俺から幸せを奪うな!」


 あはは!と彼らは楽しそうに声をあげる。かつてもこうしてたくさん笑い、ともに同じところを目指して戦ってきたのだろう。


 わたしには入れない大きな絆のようなものを感じられた。


「フローラ」


 後ろに現れたのは、第三王子だった。


「少しだけ時間をもらったよ。付き合ってもらえるかな」


(えっ、でも……)


 言いかけたとき、ジャドールは他の騎士たちに肩を組まれ、少しずつ先に歩き出していたところだった。


 遠ざかる背中はきっと気づいている。


 だけど、気づかないふりをしているのだろう。わたしに選択肢を与えるために。


 結局、肝心なところで彼は自身よりわたしの考えを優先してくれる人なのだ。

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