第56話 光る地図が指す行方

「ジャドール、おはようございます!」


「えっ……」


 彼が扉の前に立ったときから準備はできていて、戸を叩くか叩かないかのところで飛び出したものだから、扉の向こうで目を見開いたジャドールと目が合う。


「えっ……あっと、魔女様……」


「今日はよろしくお願いします」


「あっ、はい……」


 今日はいつものわたしとは違うのだ。


 ぐっと拳を握って自身を奮い立たせる。


 本に隠されるように挟まれていた地図には、不気味に光るスポットがあった。


 それがなんなのかはわからないけど、そこに何かある。そう思った。


 それでもその光はジャドールには見えていなかったようで、わたしがこの場所を選んだことをひどく不思議がっていたが、それならばなおさら行ってみたくなった。


「まっ、魔女様!」


 意気込んで洗面室に向かおうとするわたしに彼がおずおずと声をかけてくる。


「はい?」


「おはようの口づけがまだです!」


 ……な、何を言い出すかと思えばこの人は。


「今日はしません」


「えっ!」


 今日は、というよりも、今日も!だ。


 とても衝撃を受けたような顔をしているけど毎朝毎朝彼の言動ひとつに翻弄され続けていたんじゃ魔女の威厳がない。


「今日のわたしはいつもとは違います。浮ついた気持ちで過ごすわけにはいきません」


「ううっ……明日は絶対にしますからね……」


 ああ、本当に、この人は……。


「もうわたしは子どもじゃないから朝の挨拶は必要ないといつも言っているのに」


「しないと俺に朝が来ません」


「そんなわけないでしょう」


 真顔で言い返してくる言葉がとんでもなさすぎて胸が高鳴り始めたけど、負けては居られない。


 いつものわたしとは一味違うキリッとした(自称)わたしを見て、彼は納得せざるをえなかったのだろう。


「……うう、あなたの意志を尊重して、今日は俺も騎士としてあなたの隣に着きます」


  不服そうな顔を見せてがっくり項垂れた。でも、すぐに気を持ち直したのか顔を上げ、


「触れますね」


 と長い髪の毛に指をかけたのだった。


「あ、ありがとうございます」


 この人に触れられるのは好きだ。


 髪の毛だって、いつも可愛くまとまてくれる。


 この空間はいつもお互い無言になってしまうのだけど、わたしには心地よく感じられた。


 だから、ポツリとつぶやいてしまった。


「もしかしたら、今日は大切なお方に会えるかもしれません」


「え?」


 言うべきか迷ったけど、なんだか今日の彼には言いたかった。


「わたしに魔術を教えてくれたお方です」


「ここで?」


「そうです。ここに来てから様々なことを教わりました。ただし、あの頃のわたしは……特に魔女の能力に関することは教わる気が全く無くて、よく怒られました。今はもっといろんなことを学びたかったと後悔しています」


 リタに会いたい。


 当たり前だった生活がとても尊いものだと気づいたのは彼との離れてからである。


 でも、


「ああしてあのお方が残してくれたあの本が見つかったということは、もしかしたら会えるのかもしれないと思って」


 確信はないが、そんな気がした。


「そうですか」


「会うことが叶えば、あなたのこともご紹介してもいいですか?」


「え……いいんですか?」


「はい。お世話になっているお方がいると伝えてはあるんです」


「ええっ……」


 会えたら……の話である。


 わたしはもうずいぶん幸せをもらっているし、会えないかなぁと心の中でこっそり願った。

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