第46話 アベンシャール国の第三王子

 ひと目見て、彼が王子様であることがわかった。


 洗練された身のこなしと優雅なしぐさはまさにわたしの知っている王族特有のものだった。


(彼は……)


 彼は、アベンシャール国の第三王子であるユリシス様だ。


(どうして、このお方がここに……)


 隣からも物凄い緊張を感じられて、目を向けることができない。


 余裕の笑みを浮かべ、手を差し伸べてくる彼はあの頃よりもずっと凛々しく大人びて見えた。


「ああ、君はえっと、ジャドールといったね。まさか来てくれるとは思わなかったよ」


 友好的に話しかけるユリシス様とは裏腹にジャドールは未だ表情を強張らせたままだ。


「どうしてあなたがここに?」


 ジャドールが一体どんな対応をするのか、考えるだけでもヒヤッとしてしまう。


「指揮をとる者がいないと困るだろう。わたしもこの目で現状を知っておかないといけなかったしね、ジャドール」


「そうですか」


 空気があまりにも凍りついていてつらい。


 周りの騎士たちも同じ心境なのだろう。誰もが息をのむのをこらえているように見えた。


「足の不調はどうだい? ジャドール」


 たったひとり、この場所でユリシス様だけが彼のペースでこの場を楽しんでいるように見えた。


「いちいち名前で呼ばなくて結構です」


 ジャドールに至っては、驚くほど余裕をなくしている。


「これでも心配していたんだよ」


「おかげさまで、もう何ともありません」


 珍しくツンケンした様子のジャドールに肩をすくめ、それでも温かい視線を向けたユリシス様は、紳士的な態度で今度はこちらを見て、笑顔を向けてくれた。


「おっと、失礼。久しぶりだね。フローラ」


(えっ……)


 まさか、声をかけてもらえると胸が弾む。


「ユリシスだ。覚えているかな」


「……は、はい」


 覚えてるも何も、小さい頃は本当の妹のようにとても大切に接してもらえたし、今もたまになにか困ったことはないかと心配して連絡をくださっている。


 五人いるアベンシャールの王子様の中でもっとも明るくて、聡明な彼は王宮にいたときからどこにいても人気の的であった。


「きれいになったね。わたしが留学に行く前はとても小さい女の子だったのに。女の子の成長は早く、そして恐ろしいものだ」


「そ、そんな……」


 こういうところも変わっていない。


 柔らかい瞳に見つめられるとくすぐったい気持ちになる。


「フローラ、つらいことはないかい? 何度も手紙に書いた通り、君はもう十分反省した。王宮に戻ってきていいんだよ」


「いえ、そんな……」


「君は悪くない。話はすべて聞いている。すべては、うちの愚弟が一番悪いんだから」


 優しい表情を浮かべていたが、声は鋭いものだった。


 あの頃の記憶は曖昧である。


 思い出してもあの忌々しい記憶がすべてを覆い隠してしまう。


 ユリシス様の姿がなかったように思えたのは異国に行かれてたからのようだ。


「両親の不当な判断と愚弟の非礼を心からお詫びしたい。つらい思いをさせて申し訳なかった」


「そっ、そんな、やめてください!」


 改めて頭を下げられると消えたくなる。


 どうしてこの人たちはみんな揃いも揃ってわたしに対して優しいのだろうか。


「いつも気にかけてくださって本当に感謝しています。で、でも、わたし……本当に大丈夫なんです。楽しくやっています」


「見境のない騎士に振り回されていると聞いているから心配していたんだ」


「い、いえ……そんなことは……」


「なにより、君を危険だとわかっているこの場所に連れてきた気がしれないよ」


 ジャドールの方を見たわけでもない。


 でもユリシス様の声が低くなった。


 まるでジャドールを責め立てるように。


「この騎士を守るのはわたしの役目です」


 だけど、それは違う。


 わたしにだって考えはある。


「えっ?」


 ジャドールとユリシス様の声が驚くほどぴったりの声が重なった。


「彼自身に危険が及ぶ任務に出る必要があるのなら、わたしもついていく必要があります。ジャドールのおかげで毎日は楽しくなりました。わたしに返せるのはこのくらいしかありません」


 わたしはただ守られているだけの存在ではないのだ。できることはしないと気がすまない。


「……それは頼もしい」


 ほんの少し間を置き、大きく瞳を見開いた第三王子だったけど、次の瞬間、こらえきれなくなったと言わんばかりにぷっと吹き出した。


「とても愛らしいナイトだ」


(ああ、どうしてこの人は……)


 陽の光のように温かだ。


(本当にそっくりだ)


 やっぱり、彼はわたしの記憶の中のまんまのお方のようで、思わず彼の笑顔につられて笑ってしまったのだった。

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