第45話 アベンシャールの騎士たち

 到着したのは農村部の一角だった。


 山々が見えてきた先に小さな建物が見えてきたのだ。


 早くおろしてほしい一心でジャドールにしがみついていたわたしは、彼の到着を告げる合図に心から安堵したものだった。


 モフモフが地に足をついた途端、すでに到着していたらしい騎士たちがいっせいに姿勢を正し、跪いた。


「ご無沙汰しておりま……」


「いい。楽にしてくれ」


 一番先頭に立っていた大きな男性がその体にぴったりなほど大きな声を出したのに対し、ジャドールは堂々たる態度で制したことにより、他のみんなも驚くほど同時に顔を上げた。


「彼女が王宮の魔女様の孫娘のフローラ様だ。失礼のないようにしてくれ」


 加えてわたしの説明までするのだ。


 過去にさんざん怖がられた記憶から、みんなの反応がどうなるのかと心配になってしまうも彼のそばにいると不思議と心は穏やかなものだった。


「フ、フローラです。今日はよろしくお願いします」


 ジャドールに視線を向けると優しい瞳と目が合い、どうぞと降ろしてくれたためそのまま深く頭を下げる。

 

 ジャドールがかつての仲間だと言っていた彼らに嫌われないことを心から願う。


「よ、よろしくお願いします!」


「フローラ様、はじめまして!」


(えっ……)


 思いのほか、明るい声で返事が返ってきて顔を上げる。


「フローラ様、お会いできて光栄です」


 嬉しくて、言葉が出てこなかった。


「おい。馴れ馴れしくするな」


「わー、隊長ぉぉぉお!!! お久しぶりです!!!」


「会いたかったっす!!」


「あれ、ちょっと前より男らしくなってません?」


 勢い良くジャドールにしがみついた騎士たちをぼんやり眺める。


 彼らは温かい。


 ジャドールと出会った時のように柔らかな光りに包まれた感覚で心がほんわかとした。


「あーっ、背が伸びましたね!」


「毎晩激痛に悩まされたよ」


 彼らが本当に仲のいいのは後ろから見ていてもよくわかった。


 いつも完璧な様子ですまして笑うジャドールも口を大きく開けて笑っていて、まさに年相応の少年のように見えた。


 わたしには絶対見せてくれない顔だ。


「魔女様、騒がしいやつらですみません」


 それでもわたしのことも忘れない。


 もちろんこちらを向くときは元通りの彼に戻っている。


「あなたの同僚の方ですか?」


「そうです。王宮にいたときは世話になっていました」


「頼もしいですね」


 彼らと過ごしているジャドールの様子が想像できてしまって思わず笑ってしまったわたしに彼もはにかみ、そして、


「……おい、にやにやするのはやめろよ」


 などと、騎士たちにさらにツッコミを入れる。


 よく見ると彼らは互いに顔を見合わせてクスクスと笑い合っていた。


 どうかしたのかと疑問に思っていると、彼らは声高らかに言った。


「いやいやいやいや、噂は本当だったんだなぁと思って」


「噂?」


「隊長がフローラ様にぞっこんであの森に匿って独り占めしてるって」


(か、匿っ……)


 彼らが楽しそうに笑う内容に思わずぎょっとしてしまう。


「そ、そんなことになっているのですか?」


 風評被害もいいところだ。


「ち、違います、彼はちゃんと騎士として……」


「大丈夫ですよ、魔女様。まぁ、本当のことです」


 焦るわたしに対し、彼はさも当然のことのように接していてさらに驚かされる。


 威張ることではない。


「ち、違うでしょう。こういうのはちゃんと訂正しないと……」


 彼はおちゃらけた部分はあるものの、いつも紳士的に接してくれるし、魔女のわたしが満足するくらいしっかり働いてくれている。


「勘違いされちゃう……」


「確かに。誰がそんなことを言いふらしているんだ? ……まぁ、いい。俺のことはどうでもいいが、彼女にとって不名誉な噂であれば聞き流してくれ」


 騎士たちを見渡してジャドールは告げ、はぁっと深い溜息をついた。


「噂の発信元に遭遇したら伝えてくれ」


 だいたいわかるけど……と漏らした言葉は聞き漏らさなかった。


 発信源などあるのだろうか、などと思ったとき、後ろから凛とした声がした。


「いや、直接聞こう」


「えっ……」


「言いふらしたのは、わたしだ」


 振り返るとまわりの騎士たちがすぐさま跪き、ひとりの男性が笑っているのが目に入った。


「久しぶりだね」


 その顔は、懐かしい記憶の中のものと重なって見えた。

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