16歳 春
第42話 変わらぬ毎日と朝の口づけ
「魔女様、おはようございます」
また変わらぬ朝がやってきたことを悟り、腰を上げる。
窓から差し込む光は明るく、鳥たちの元気な声が聞こえる。今日も良いお天気だ。
目を通していた手紙を机の中にしまい、扉のもとへ急ぐ。
「朝ですよ〜、ま……」
「お、おはようございます」
開けられる前に扉を開くと、赤と白の花がらのデザインが印象的なエプロンをまとったジャドールが柔らかい笑顔を見せた。
薄紅色の花が美しく咲き誇るこの季節によく合う太陽のような人である。
「おはようございます、魔女様!! 今日も愛らしくてとっても素敵です!」
「もうっ、お世辞はいいです」
見惚れてしまうような美しい見た目とは裏腹に、口を開けば甘い言葉ばかり投げかけてくる。
「さぁ、おはようの口づけをしてください」
「なっ!」
突然、頬を両手で覆われたと思ったら、そのまま上を向かされる。
「失礼しま……」
「キャーーー! む、無理です! 無理です! 近すぎます!!」
整った顔が近づいてきても見入ってしまってはいけない。彼の唇が触れそうなところで我に返り、思わず声を上げてしまった。
「ジャドールッ!」
「すぐに終わります」
「む、無理ですっ!」
無理だと言っているのになおも強行突破しかねないため、必死に抵抗を繰り返す。
「……仕方がないですねぇ」
ようやく諦めてくれたのかとほっとしたのも束の間、おでこにちゅっと唇をくっつけられた。
「なっ……」
「毎朝しているのに、早く慣れてくださいよ」
「な、慣れ……わ、わたしはもうすぐ十六になります。子供じゃないんです。おはようの、くっ、口づけは不要です!」
「大人の口づけなんてもっと許してくれないでしょう?」
「あっ、当たり前です!」
何を言い出すのか、この人は。
ここ数日、隙あらば口づけをしましょうと迫ってくるようになった。
特に朝は毎朝この調子で、いつも気が抜けない。
とはいえ、どこまで本気なのか、わたしが嫌がるとすんなりとやめてくれることが多く、すぐに清々しいほど眩しい笑顔を向けられた。
「寝込みを襲われたあの日以来、あれからあなたのことばかり考えています。あれから一度も触れにきてくれないし……俺はいつでもいいんですよ。あなたにならこの身を捧げる覚悟はできています」
「ご、誤解を招くような言い方はやめてください! さ、捧げられても困ります!」
リタとお別れをしたあの日から、この調子だ。
深くは話してはいないが、彼なりに気を利かせてくれているのかもしれない。
満月の夜なんて、特にだ。おかげで騒がしく喚き散らすわたしの声は響いてもさみしい気持ちになることはなかった。
魔女様〜魔女様〜、と前にも増して触れてくるようになった。
「魔女様! 口づけには様々な効果があるんですよ。リラックス効果もあるし、健康にも良いんですよ!」
ほら。またこの調子だ。
「そっ、そうですけど……」
自身に都合の良い正当化さえそうなのかもしれないと思わせてくる説得力はある。
視線を落とし、ふと思う。
「ジャドール……」
「はい」
「あなたは、花がらでさえ似合ってしまうのですね」
思いのほか、エプロン姿がよく似合う。
「……それ、今言います?」
それに、気に入ってくれたのか毎日つけてくれているのだ。
「よく似合っていて嬉しいです」
「あ、ありがとうございます……」
彼は何も言わないが、今日はきっと今までで一番体力のいる日になるだろう。
こうしたごくありふれた出来事が過去のお話になってしまわないように、先ほど目にした文字を思い出し、改めて意気込んで洗面室に向かう。
後ろの方からジャドールが何か言ったようだったけど、わたしにはもう聞こえていなかった。
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