第41話 魔女の接吻
魔女の接吻は万能で、どんな薬よりも効果があると言われていた。
「ジャドール……」
リタの背を目にした悲しみは、動かなくなったジャドールの存在によってほとんど感じれなくなった。
「ジャドール……ああ、どうして……めっ、目を覚まして……」
リタがやったのだろうか。
どうして。
呼びかけても目を開くことのないジャドールの寝顔はあまりに美しく、まるで芸術品のように思えた。
「ジャドール……」
三日後には目覚めるはずだとリタは言った。
それでも彼の異変に気づいたら王家の使いがすぐさまやってきて彼を連れて行ってしまうだろう。
その方が彼にとっても良いのかと思ってしまうこともあったが、こんなお別れだけは嫌だった。
「ど、どうしよう……」
万能薬とはいえ、勝手に触れていいものなのだろうか。
いつも口づけをしてくれと何度も何度も彼は言っていたが、あれは本気なのかどうかも定かではない。
同意もないまま事に及んで、本当は嫌だった……とかないだろうか。でも……
『魔女様〜』
あの優しい笑みを思い出したら、迷うことなど何もなかった。
(そうよ)
嫌われてしまったらそこで改めてお別れを言えばいいだけだもの。
ぐっと意気込み、髪を片方にまとめ、眠り続ける彼にそっと顔を寄せる。
見れば見るほどきれいな造形をしている。
(ああ……)
近づけば近づくほどどくんどくんと恐ろしいほど胸は弾んだ。
(あっ、あああああ〜〜〜〜〜っ!)
触れそうになるたび、胸の音が騒がしくなって顔を上げる。
(む、無理……ど、どうしよう……)
このまま目覚めることなく王宮に戻った方が彼の幸せなのだろうか。
様々な考えが頭をよぎる。
何度も何度も身を乗り出したり戻したり。
邪な考えではないと自身に言い聞かせるも罪悪感しか生まれない。
(あああああ〜)
意を決してもう一度距離を縮める。
ぎゅっと目をつむり、顔を近づける。
どくどくどくどく。
鳴りやまない胸の鼓動を聞き、彼の顔を見ていたら不思議と出会った頃から今までの様子と感謝の気持ちが溢れてきた。
彼は文句を言うことなく本当に毎日よくやってくれた。
彼の持つ底しれない能力をここで留めておくというのは、わたしのわがままなのかもしれない。
ゆっくりと唇に触れる。
間違いなく口づけとはいえない触れただけのものだったけど、これで満足だ。
すぐにでも王宮に手紙を書こう。
これで満足だ。
最後にこんなにもしっかりと彼を見られたのだから。
「ジャドール……」
「えっ?」
ありがとうと言おうとした。
言おうとしたそのとき……
「えっ!!?」
目の前の彼が目を開けたのだった。
「ええええっ!!!」
「なっ!」
明るい空の瞳に自分が映る。
「きっ、きゃあああああああ!!」
絶叫して、思わず腰が抜けた。
あまりにも間抜けな光景だったはずだが、そんなことは考えていられない。
「魔女様……」
「ち、ちがっ……違うんです……」
何が違うのか。
咄嗟に言い訳を考えた卑怯な自分が嫌だ。
「魔女様!」
「きゃっ、な、何なんですか!」
突然飛び起き、なんなら立てなくなったわたしの前までものすごい早さで移動してきて泣き叫びたくなった。
「ジャ……」
「寝込みを、襲おうとしたんですか?」
「ご、ごめ……ごめんなさい……ち、違って……あ、あなたが目覚めないと思って……」
「ああ、そうか。起きていると気まずいですね。もう一度寝ますから、続きをお願いします」
「な、何言ってるんですか! む、無理です……」
「お願いします! なんだかまだ本調子ではありません。魔女様〜」
「絶対嘘です! や、やめてください!」
後ろから抱きつかれて恥ずかしさのあまり、わーわーと喚く。
「魔女様〜」
(リタ、あなたの言ったとおりよ)
しみじみ思う。
「おはようございます」
そう言って温もりを分けてくれる人がいる。
ずっと、リタがいなくなったらと、その寂しさは想像を絶するものだと思っていたけど、このときのわたしは、目覚めてすぐに明るく照らしてくれた光のおかげでそのつらさを噛みしめるのは少し後のお話となった。
「ジャドール……」
彼は知らないはずなのに、今まで以上に優しく接してくれることとなる。
「お、おはようございます」
これがわたしの精一杯だ。
彼が喜んでくれることを何ひとつまともにできないのだけど、それでも彼は満面の笑みで抱きしめてくれたのだった。
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