第40話 幸せになる呪い
「どうする? フローラ……」
「この人と戦いたくない」
もう一度彼を見たら、やはり答えは変わらなかった。
「そういや言っていたな。逃げだら意地でも追いかけてお前を自分のところに閉じ込めると」
「………」
「それはそれであまりにも気持ちの悪い発想すぎて反吐が出るが……」
「この人の呪いが解けたら、そんなことも言わなくなるわよ」
何よりも先に、呪いを解くのだと決めた。
今は無理でも、この先ならきっと……
「解くか解かないかはお前次第だ。解かなければそのままだ。そうだろう」
リタにはなんでもお見通しのようだ。
「フローラ、わたしもおまえに呪いをかけてもいいか。餞別のようなものだ」
「え……いいけど……どういった……」
面と向かって呪いをかけると言われてしまうとさすがの魔女でも心穏やかではいられない。
「フローラ。また次、おまえに会えるのは、おまえが心から幸せだと思えたときだ」
「え……」
(それじゃあ、二度と会えないじゃない)
咄嗟に思って胸が痛んだ。
幸せなんて……
「幸せになれ、フローラ。もっと、自分を信じて、自分のしたいように生きるんだ」
幸せなんて、わたしには手に入らないものなのに。
「大丈夫。おまえならできるから」
「で、でもわたし……幸せになる資格は……」
「幸せになる資格のないものなどいない」
「でも……」
「自分でできない理由を見つけようとするのはおまえの悪い癖だ。さぁさぁ、早く起こしてやれ。そいつが目覚めたら寂しさなど一瞬で吹っ飛ぶだろうからな」
リタは絶対にわかってやっている。
「お、起こし方がわからないわ」
「おまえもそのくらいはわかっているはずだろう。痛みの熱も、それで解決できたのに」
「……で、できないわ」
絶対に無理。
「それなら薬草なりなんなり試して自力で起こすことだ。もちろん、明日の夕方までにできるのならな」
わかっていて無理難題を言ってくるのだ。
「ま、魔女の接吻はとても効果的だけど、合意もなくできるわけがないわ。仮にもこの人は……」
「その男が起きていたら大喜びしそうなものだ」
「……婚前交渉はやめろって言っていたくせに」
「応急処置だ。すべてのことを卑猥な考えに結びつけるな」
「……無茶苦茶だわ」
「あとは任せた」
リタは笑う。
「大人になったお前に会えるのを楽しみにしている」
身軽に飛び上がり、窓を超える。
「まっ、待って……」
黒猫は振り返らない。
「あ、ありがとう……」
ずっとそばにいてくれて。
「ありがとう。ねぇ、ありがとう、リタ……」
共にいてくれたから、淋しくなかった。
「ありがとう……」
その声は夜空に吸い込まれていく。
その影は途中で人のもののように見えたが、気づいたときには姿を消していた。
『幸せになれ』
絶対に敵わない呪いを残して黒猫は消えた。
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