第38話 半分の月が傾く夜
目覚めたとき、良い香りがして胸がきゅっとなった。
この香りは、心から安心できるものだ。
うっすら目を開くと予想通り、ジャドールに抱きしめられる形で眠っていた。
つらい夢を見たときは、いつもこうしてそばにいてくれることが増えた。
頬を濡らした涙を拭って体を起こす。
夜の闇はずいぶん深くなっていて、半分の月が空に浮かんで見えた。
ホーホーと鳴く生き物の声が遠くに聞こえる。
わたしは熱を出していて、ジャドールは看病をしてくれていたはずだ。
彼を助けたくて力を使ったつもりだったのに自分自身が倒れてしまうなんて……情けないにもほどがある。
ジャドールがこれ以上苦しまなければいいのに、と願い、彼の頬にそっと手を添えたとき、後ろから声がした。
「楽しそうなのは大いに結構だが、婚前交渉はさすがに見過ごせないな、フローラ」
忠告したはずだと低い声は続けた。
「……違うわよ」
近づいてくる黒猫の存在に気づいて、思わず拗ねたような声を出してしまった。
(見ないでって言ったのに……)
「おまえがそんなにも距離を許すなんて、珍しいな。一緒に寝室を共にするまではやりすぎだがな」
「だ、だから、違うったら」
リタはくくっと笑う。
「自衛のための護身術だって、しっかりと教えたはずだろう。変態騎士の思惑通りになるのはやめなさい」
いつの間にか変態騎士呼ばわりで言いたい放題のリタに苦言したかったがそれどころではない。
育ての親のような存在に異性のことでからかわれるのはいささか居心地が悪い。
「まんまとこの男の呪いにかかっているな、フローラ」
「え?」
「愛らしい顔で魔女様魔女様と、口を開けば甘い言葉ばかり並べて、すっかりおまえも虜に見える」
「そ、そんなことは……」
ない、と言いかけて口ごもる。
言おうか言わまいか悩んでいたのに、これでは言えそうにないし、リタはリタでわたしの気持ちに気づいている。
「いっ、意地悪言わないでっ!」
そう言い返すのが精一杯で下を向いたとき、よかった……という声が聞こえた気がしてすぐに顔を上げた。
「リタ?」
何か、様子がおかしい。
「フローラ」
リタの低い声が、より一層低くなった。
「しばらくお別れだ」
「え?」
「わたしがこないからと言って、本能のままに乱れた生活に溺れでもしてみろ。王家からすぐにでも使いが来るぞ」
「ちょ、ちょっと、飛躍して考えるのはやめて」
楽しそうに笑うリタ。いや、それより……
「ねぇ、どういうこと? お別れって、何を言っているの?」
「言葉のとおりだ。わたしはこの地を去らないといけない」
思わず息をのんだわたしの姿に、リタの金色の瞳がゆっくりと細められた。
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