第37話 魔女の初恋
記憶の中のあの人は、いつもわたしに背を向けていた。
見せてほしかった。
他の人達と同じように柔らかく笑ったあの顔を。
優しい声で名前を呼んでほしかった。
『フローラ……』
記憶よりも低くなっていたけど、その声はわたしを呼んだ。
夢を、見ているのだ……
ぼんやりそう思ったけど、声の主を探してしまった。
「ど……ど……して……ここに……」
その人は、そこにいた。
心配そうにこちらを眺めてわたしの名を呼んだのだ。
手を伸ばすと、触れることが叶う。
「どうして……ここに……」
こんな……森の中に……
あなたは、こんなところにいるはずのお方ではないのに……それに……
「わたしのこと……きら……きらいだっ……て……」
いつも、背を向けていたではないか。
会いに行ったら嫌そうな顔をしたではないか。
『なにを言ってるんですか! いつも言っていますよ。俺はあなたが好きなんだって……』
ああ、都合のいい夢を見ているのだわ。
わたしの大好きだったあの人は、血迷ったわたしの呪いにかかって、正気を失ってしまった。
それからは、まるで別人のようだった。
『好きだ』なんて、絶対に言う人ではなかったのに。でも、
「わたしも……すき……」
ずっと、ずっとずっと、好きだったのだ。
「すきだった……のに……」
整ったお顔はあの頃のまま。
違うのは、わたしの言葉に切なそうな表情を見せてくれるということだけ。
「ずっと、ずっとずっと、おあい……したかった……」
夢なら、何度だって言えるのに。
「もう……あえないと……ひくっ……」
胸の奥が熱くなって、涙がこみ上げてくる。
会いたかった。
ずっとずっと、もう二度と会えないと分かっていても、会いたかったのだ。
「あな……あなたに……ひくっ……ひどいことをしてしまったから……」
ねぇ、末王子様……
今ならわかるんです。
あなたがわたしを好きになってくれなかった理由を。
「すき……だったのに……」
好きになってくれなくて、当然だったのに、夢を見てしまった。
「ごめん……な……さい……ごめ……なさ……い……」
長い銀色の前髪が頬に揺れる。
ああ、夢のようだわ。
あなたの瞳に、映ることができた。
わたしは……
『あなたは悪くないです』
(えっ……)
彼はそう言った。
記憶よりもずっと大人びた表情を歪めて。
「あなたは悪くない」
……わ、悪いわよ。
性悪の魔女なのよ。
反省をして森にやってきたくせに、また問題から目をそらせようとして、あろうことかまた人を好きになってしまった。
許されることじゃない。
あのお方の顔が、彼の顔と重なって見えた。
「呪いを解かなくてはならないと、わかっているの……」
わかっているのだけど……解けないの……。
いつの間にかここは真っ暗闇の世界でわたしはたったひとりで立っていた。
(もう……いやだ……)
一生ここにいなきゃいけないのは、わかっている。
だから、だからこそ、もう希望を持たせないでほしい。
『魔女様!』
一縷の光がわたしを照らす。
春の光のように暖かい。
(やめて、もう傷つきたくないの)
どうせまた、すべてを失うだけだと言うのに。
わたしは……
『魔女様、おはようございます』
バカね。
その言葉に、顔を上げて、結局目覚めてしまうのだろう。
五回呼ばれる前に起きなくっちゃ……そんな風に思ってしまう自分までいる。
バカね。
いつの間にか抗えなくなっている。
だって、春の暖かい光はいつもわたしを優しく包みこんでくれていたから。
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