第36話 歪んだ関係のその末に
わたしたちは、歪な関係だ。
わたしは彼に言えていないことがあって、彼もまた、わたしに言えていないことがある。
でも、すべてを明かしあえる関係でもない。
ガタッという音がして、耳を澄ます。
まるで刺客かと思うくらい普段の彼には気配がなく、そっと忍び寄ってくるものだから驚かされることが多い。
それだけに、彼がこんな致命的なことにも気づけていないことが違和感でしかなかった。
隠している様子だから気づかないふりをするのが優しさなのかと思ったこともあったけど、深い息を吐いて休んでいる姿を見たら、もう黙っては居られなかった。
「ジャドール」
「えっ……」
ほら、本調子じゃない。
顔を上げた彼に余裕はなかった。
いつもは必ずと言っていいほどわたしの気配には敏感なのに、今日はこんなにも近くにいたというのに彼は気づいてさえいなかった。
「まっ、魔女様! す、すみません……」
額には汗がにじんでいるくせに、わたしが現れたらいつもの彼に戻ろうとする。
「眠れないのですか?」
「えっ?」
「足を見せてください」
「ええ?」
本当は知っている。
彼がここしばらくずっと、足の痛みに苦しめられていたということ。
その痛み方が異常なほどだということ。
「ちょっ、待って! おっ、お誘いにしてもあまりにも急すぎます!」
触れようとすると、この調子である。
あくまで弱みは見せないつもりらしい。
「これは、さすがに……いえ、あなたが望んでくれるのなら俺は問答無用に血まみれの未来を選ぶしかないのですが……」
何が血まみれの未来だ。
「ふざけないでください。あなたが毎晩苦しんでいることはわかっているんですよ」
わけのわからないことを言っているのを無視して強引にも触れると、彼はそこで初めてつらそうに顔を引き攣らせた。
どくどくどく。
彼の足に通っている血の音を聞く。
ゆっくり、ゆっくりと神経を集中させて、そこにこもる熱をそっと抜き取る。
離したときには手のひらがやけどしたようなじんわりした熱が両手を襲った。
「熱は引き受けました」
「えっ!」
「あとは、少しこのままでいてくださいね」
「ちょっ!」
熱い……でも、そんなことは言っていられない。
彼は、ずっとこの熱に耐え続けてきたのだ。わたしの前にいるときは、一切弱音を吐くこともせず。
「まっ、待って! 魔女様、熱って? ど、どういうことですか! あなたが苦しむのなら俺はこのままでもいいです! 返してください!」
珍しい様子の彼の切羽詰まった声も気にせず、自室に戻る。とにかく今すぐに冷やさないといけない。それに、薬だって……
「魔女様っ!」
「もう少しの我慢ですよ!」
きっとこんなこともあろうかと、数日前から準備していたのだ。
なかなか言い出せなくて彼をここまで苦しめてしまうことになってしまったのだけど、効き目は間違いないと信じている。
「早くよくなぁれ」
早く良くなるよう、心から願う。
苦しめるのは、お願いだからやめて。
誰よりも誰よりも、とても優しい人なのだ。
お願いだから、苦しめないで。
代わってあげたいとさえ願った代償は、そのままわたしに襲いかかってきて、このあとわたしは彼の代わりに寝込むことになる。
結局何もできず、ただただ彼に心配をかけてしまうことになるのだけど、このときのわたしには、こうすることが精一杯だった。
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