第35話 魔女の大切な人

「そうだ、ジャドール! いつかあなたにご紹介したい人がいるんです」


「紹介したい人?」


 言っていいのかはわからなかったが、共に暮らすうえで彼にはリタの存在を紹介したいと思った。


 わたしがあの森に住むようになってから、ずっとそばにいてくれた大切な存在だ。


「どこまで言っていいのかわかりませんが、わたしの大切な方です」


「はい?」


 突然立ち上がった彼に、びくっとしてしまった。


「あなたの大切な人ですか……あっ、いや、く、詳しくお聞かせ願いたい」


 無理に作られた笑顔は引きつって見えた。


「あ、嫌なら無理にとは言わないんです。すみません……調子に乗りました」


「いえいえいえいえ、あなたの大切なものならばすべて共有していただきたいです!!」


「本当ですか?」


「もちろん」


 次に見た時の彼は、再び席についていて、いつもの完璧な笑顔に戻っていた。


 本当に大丈夫だろうか。


「そ、それなら良かったです……」


 一度リタ本人にも確認する必要はあるが、大切なふたりが顔を合わせてくれることほど嬉しいことはない。


「まだ少し先ですが、彼に会える日があるので……」


「彼? 男なのですか?」


「えっ……」


「俺以外の男を大切だと言われてしまうといささか複雑なのですが……」


 突然重ねられた指先に力がこもった気がして、絶叫しそうになる。


「いえ、彼はあなたに想う大切とはまたちがって……って、いえ、それも違って……」


 墓穴を掘りそうで言いとどまる。


「あ、会えば……会えばわかります!」 


 息が詰まって過呼吸になりそうだ。


 じっと見つめてくる彼の表情からは笑顔が消え、動けなくなる。


 表情をなくした美形とは……無言の圧はすごい。


「あの……ジャドール……」


「はぁ……」


 わたしの指に彼のものを絡めたまま、ジャドールは盛大なため息とともに机に突っ伏す。


「すみません。心が狭い発言をしました」


「え?」


「反省するので、少しこのままでいさせてください」


 珍しく声のトーンが落ちていく。


 お礼をして、喜んでもらうつもりだったのに、こんな声を出してほしかったわけじゃない。


「嫌な思いをさせてしまったならごめんなさい。でも、彼もあなたと同じくらい大切に想っているから」


「俺も、ですか」


「……もちろんです」


 きっと誤魔化せないから素直に告げる。


「同じくらい、わたしの毎日を変えてくれました」


 言葉にしたら、じわりと目頭が熱くなった。


「わたしにできることなら、何でもしたいと思っています。感謝……してるんです」


 泣くな、泣くな!と必死に堪える。


「わ、わたし……」


「……わかりました」


 そんなわたしを見て、彼が肩をすくめたのが目に入った。


「ジャドール?」


「あなたにそこまで言っていただけるのは光栄です。今はそのお言葉で我慢します」


 ちゃんと紹介してくださいね、と優しく告げられたため、もちろん約束するとわたしも大きく頷いた。


 満月の夜、きっとリタも安心してくれる。


 そう信じて疑わなかった。


 彼はずっと、ひとりぼっちだったわたしを心配してくれていたのだから。


 直接告げられなくとも、いつか目の前から去ってしまうとしても、もうひとり、別の意味で大切な人ができたのだと伝えたら喜んでくれるだろうか。


 未来に希望をいだいて、わたしは自分の中に生まれた小さな明かりに胸をときめかせたのだった。


 

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