第32話 魔女のお給金と騎士の欲しいもの

「よくお似合いです!」


 彼が新しい姿で試着室から出てくるたび、まわりにいた誰もがほうっと息をつき、自然と目を奪われた。


 わたしもそのうちのひとりで、似合うの一言以外の言葉は見つからなかった。


 何を着ても絵画のように美しいのは反則だ。


 手足は長く、均整の取れた身体は何でも見事に着こなしてしまう。


 おまけにあの恐ろしいほど整った顔がついているわけで、見るなと言われる方が難しい。


 キラキラとまばゆいあの人間は、いつも隣にいてくれるあの騎士なのかと混乱しかけたりもした。


 あまりじっと見ていると、驚くほど目を輝かせながらこちらに手を降ってくるため、持参した分厚いメガネの奥からチラ見を心がける。


 気づかない間にずいぶん背丈が伸びたらしく、彼はほとんどの衣服を買い直すことになった。


 多分もうちょっと成長しそうだからと必要最低限のものだけを購入し、次はわたしの買い物だと騒ぎ出したのはそのすぐあとだった。


 恐れ多い立場でまわりの女の子たちの視線を一気に浴びて逃げたくなったけど、今日の目的はいくつかある。


 彼の新しい衣服を見に来たのともうひとつ。


 依頼の通り薬草を煎じたことにより、王宮から初めてお給金をもらったため、彼になにかお礼がしたいと思っていた。


 でも、わたしは彼のことをよく知らない。


 こんなにもずっと一緒にいるのに、彼は肝心なことは何も言わないし、笑顔という仮面でうやむやにする傾向があるようだ。


 さりげなく好きなものは何かと尋ねたらすぐに「あなたです!」と抱きつかれてしまうから話にならない。


 わたしにとって心臓の負担になることは間違いないけど、彼が望むのならばわたしが彼のものになることは難しくはない。


 考えるだけで頭から火が吹き出しそうだけど、それくらいの恩義は感じている。


 でも、それはなんだか違う気がした。


 何かを作るにしても彼の方が上手だし、何をしても先回りされてしまうため、わたしにできることなんて限られている。


 喜んでくれるかどうかは分からなかったが、こっそり彼の使用するエプロンは購入した。


 毎日おいしいものを作ってくれる。


 わたしの料理に信頼が置けなくて仕方がなしにやってくれているのかもしれないけど、前々から目をつけていたデザインのものを見ていたとき、それとはまた別のデザインを手にとってこれがいいと彼が自ら選んでくれた。


 花がらが好きだなんて意外だったけど、手先が器用でいろんなものを作ってくれる彼は可愛いものが好きなのかもしれない。


 何を着ても似合うと思うし、ととてもドキドキしたけど、初めてひとりでお金というものを使ってお買い物をすることが叶った。


 いつかのお別れが来た時に、形に残るものがない方がいいと思ったけど、これはわたしの自己満足でわがままだ。いざとなったら自分で処分したい。


 繋がれた手の先の彼は遠い。


 どうしたら喜んでくれるかしら。


 わたしからお茶に、誘ってしまってもいいのだろうか。 


 絶対に断らないとは思うけど、彼の意思に反することは避けたかった。


 何も知らない。


 隣にいるのに、すごく遠い。


 彼の笑顔を見るたびにドキドキする反面、自信を失い淋しくなってしまうのは、きっと彼の心が笑顔で覆い隠されているから。


 わたしは、結構人の表情や態度から心を読むのが得意だ。


 でも、彼の場合、見当もつかなかった。


「ジャドール……」


 勇気を出して声を振り絞る。


 何度目かの挑戦でやっと言葉が音になった。


「はい!」


「よかったら、何かご馳走したいのですが、いいでしょうか?」


「へっ……」


 ほら、まったく読めない顔をする。


「あなたには普段からとてもお世話になっているし、それにわたし……」


 無理ならいいのだ。


 ちょっとでも嫌な素振りを見せたら違うことを考えるから。


 でも、その表情からは何も読み取れなかった。


「も、もももももももももちろんです!」


「えっ!」


 今度はわたしが驚かされる番である。


 あなたとならどこへでも!と彼は優しい表情になった。


 悟らせないようにしてくれたのは、彼の優しさからだろう。


「じゃ、じゃあ、おすすめの場所があるので……」


 今日は彼の気遣いに甘え、さきほどリサーチしてみた美味しいお茶菓子のお店を彼を案内することとなった。


 わたしも相当外出に浮かれてしまっているようだ。

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