第33話 口づけるなら魅惑的な女性と
「ああ、美味しい! こんなに美味しいケーキを食べたのは初めてです!」
ジャドールは予想以上の範囲を見せて、ケーキを口に含み、うっとり瞳を細める。
どこから見ても完璧で美しい所作は、どこからどう見ても育ちの良さを物語っている。
まわりの女の子たちはいつでもチラチラと彼を視線で追っていて、彼は彼で気づいているのに気づかないフリをしているのか、徹底してこちらしか見ていない。
下手なことを言うとまた「口づけがしたい!」だの「あなたが一番だ!」などと騒ぎ出すため、余計なことは言えない。
「美味しい美味しい美味しいです!」
味覚音痴と言っていなかっただろうか。
未だにマイナスな考えでしか彼を見られない自分がやっぱり嫌いだった。
春にまた異国の舞台が行われるらしい。
また観劇に来ようと彼は言ってくれた。
春も変わらず近くにいてくれるのだろうか。
ため息にならないように気をつけ、心の中で謝罪をする。
今までの騎士たちは一刻も早くわたしの元を去りたがったし、極力関わらないようにしていた。
触れただけで呪われるとのたうち回って騒いでいたくらいだし、口づけがしたいなどといって隙あらば抱きついてくる騎士が現れるなんて、想像すらしなかっただろう。
絶望してすべてを諦めていた毎日だったのに、誰か共に過ごしてくれる人をわたしは望んでいたのだろうか。
いきなり感情を操ってしまったのだろう。
まんまと魔女の力に影響されて、好きだ好きだと言っている彼に申し訳なさでいっぱいだった。
「? どうかしましたか?」
「美味しそうに食べるなぁと思って」
またこんなことを言ったら何をされるかわからないし、そんなことになったら心臓が保たない。
「不思議ですよね。あなたと食べるとなんでも美味しく思える」
言うと思った。
瞳を見る限りでは嘘偽りのない言葉に思えるのだけど、素直に信じてあとで泣くのは自分である。
「食べ物がこんなに美味しく思えるなんて、幸せなことですね!」
柔らかな笑みとともに銀色の髪がさらっと揺れる。
物語から出てきた王子様かと思えるくらいの魅力を持って、この場の空気を一変させていることを本人は気づいていないのか。
この人が望めば、わたしに望むすべてのことはある程度は叶うだろう。
もっともっと素敵な女性が彼のお相手を、むしろ向こうから懇願してやってくるはずだ。
リタからもらったおとなの書籍を見て、何度も投げ出しそうになったけど、ちゃんと現実を受け止めた。
溢れんばかりの豊満で美しい造形の女性が彼の首元に手を回し、その女性に対し、彼が唇を寄せている妖艶な姿が目に浮かんだ。
恋人になることだって、ハグだって、口づけだって、もちろんそれ以上のことも、きっと思いのままにできるだろう。
(だって、この人は……)
考えてまた淋しくなった。
少なくとも、わたしではない。
小枝が布をまとったような人間が肌を見せたところでなにも面白くないだろう。
まったく絵にならない。
わたしではないのだ。
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