第30話 冬の朝の小さなぬくもり
昔から、多分勘違いでなければ植物たちの声を聞くことができる。
ずっと耳をふさいで何も聞こえないふりをして生きてきたけど彼に出会ってから、また世界の音が聞こえるようになった。
「おはよう」
地面に芽吹いた小さな命に声を掛ける。
たまに彼の朝のトレーニングを眺める口実でお散歩を始めた。
わたしには体力がないため、改めて本格的に魔女の修行をしていくのなら体力面からも見直す必要があるのは確かだった。
そんなときに、陽気な声が聞こえてきたのだ。
「早く大きくなってね」
これ以上変なやつだと思われると行けないから彼には秘密で、こっそりお話をするようになった。
「彼が楽しみにしているようだから」
そっと手をかざすと温かな熱が宿る。
土の中からは嬉しそうな声がした。
今までは見て見ぬふりをしてきた自分自身の能力に感謝をした。
「ええ。彼は、とても優しいわね」
彼らはジャドールから大切に大切に育てられているのが伝わってきた。
「わたしにも優しいの」
空気はひんやりとして、吐く息は白くなる季節だけど心はほっこり温かかった。
「こんなにも楽しい冬は初めて」
王宮で楽しむような聖夜を体験させてあげますからね!と少し前から彼は張り切って、室内を様々な飾り付けで彩りだした。
お菓子の包み紙で折られた飾り付けに金色のコーティングをして窓に貼り付け、どこからともなく持ってきたモミの木に無数のライトやふわふわのモールを付けてくれた。
彼が体験した冬のお話も楽しくて、耳にするだけで自分もその場にいるような気持ちにさせられた。
「本当に楽しい……」
ちらちらと降り出す雪を眺めて頬が緩む。
今が人生最後の時でも文句はないとさえ思える。
きっと、わたしの最後はひとりに違いないと思っていた。
この森で力尽きて、誰にも知られることなく土に還っていくのだ。
それはそれで仕方がないことだと思っていたけど、きっとこれからは違うだろう。
ここ以外の場所で、魔女として死ぬ。
そして、そんなわたしに刃を向けることになるのは彼であろう。
監視役の騎士はそのためにいる。
わたしの最後を締めくくってくれるのが彼なのであれば、それはそれで悪くない人生にも思える。
ふとわたしの周囲だけ雪がやみ、顔をあげると彼がいた。
「風邪をひきます」
背中にふわっとショールを巻きつけられ、どさくさに紛れて自分も抱きついてきた。
「ちょっ」
「おはようございます、魔女様」
ぎゅっと力を込められて胸が弾む。
「ジャ、ジャドール……」
「ああ、ふわふわで幸せだなぁ」
「ふ、ふわふわなのはショールですよ」
「あなたは寒くないですか?」
「寒くないです」
毎朝と変わらないやりとりが続き、彼も最近のわたしが本気で逃げないことを悟ったのか、遠慮することなく触れてくる。
「と、トレーニングは?」
「終わりましたよ。あなたの姿が見えたところで集中できるはずがありませんから」
「じゃっ、邪魔になるのなら明日からは出てきません」
「えっ、それも嫌です〜」
毎日毎日隙あらば解毒薬を飲んでもらっているというのに、いつまでたってもこうである。
おばあちゃんのレシピが間違えているとは思えないからわたしの腕の問題なのだろうけど、ここまでうまくいかないと首を傾げたくもなる。
(あれ……)
回された腕を見て、気づいたことがある。
告げようか告げまいか悩んだけど、突然そのまま抱き上げられたため、わたしの脳裏はいっぱいいっぱいになってそれどころではなくなってしまった。
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