15歳 冬
第29話 恋に効かない魔術
「おまえもお年頃になったんだな、フローラ」
「……リタ、からかわないで」
改めて言われると恥ずかしくて隠れたくなってしまう。
ただでさえ満月の夜は明るくて、表情がよく見えるというのに。
「いや、良いことだと思うぞ。おまえは感情が乏しすぎたからな。恋のひとつやふたつ、体験しておくのも悪くない」
「こ、恋……」
その響きだけでも顔から火が吹き出しそうだ。
「わ、わたしなんかがそんな気持ちになって浮かれるのは間違ってると思ってるんだけど……でも、ちょっと自分でもどうしたらいいかわからなくて……い、一応ちょくちょく解毒薬をお茶に含んでいるんだけど……」
「だけど?」
「全然効いてくれないのよね。うまくできなかったとも思えないんだけど」
効いたかな?と思うときに限って甘い言葉を囁かれる。むしろ意識しているのではないかと思えるほどで、油断はできない。
「効果がないからこそ、好きだ好きだとああして声を大きくして騒ぐわけか」
「な、なんでそんなことまでリタが知ってるのよ……満月の夜以外もここに来てるってこと? それだったら声をかけてよね」
「いや、来ることはできないが、見ることはできる」
「み、見ているというの?」
それはそれで困る。
「見られたくないのなら注意をされるような行為は控えることだな」
「そ、そうなんだけど……」
どこまで見られているのかはわからないが、場面に寄っては気まずいものもある。
「リタって本当に、何者なの? なんでそんなになんでもできるのよ……」
「本当にその男はおまえに惚れてるんじゃないのか」
「え?」
突拍子もない切り返しをされて驚いてしまう。
「そ、そんなわけないじゃないの! わたしのどこに惚れる要素があるのよ」
「あなたと共に過ごして、あなたに惚れないわけはない……とかああだこうだと言っ……」
「ちょっ! そ、そんなことまで聞いてたの?」
「全部見たと言っただろう」
「なっ! 言ってないわよ! うそっ、そんな……ひどい……盗み見るなんて……」
「問題はお前だ、フローラ。安々と向こうの思う通りに絆されるな。おまえは魔女なんだ。どうせならおまえが翻弄するつもりでいけ」
「ほ、翻弄なんてできるわけないじゃない……ひ、人を好きになったのだって……」
思い出しかけて口をつぐむ。
「あの末っ子と変態騎士の両方から好意を寄せられたらどうするつもりだ?」
「そ、そんな言い方しないでよ。恐れ多くも一方は王子様よ。そんなわけあるはずがない……し、そ、それに……」
「どちらにせよ、子供を作るならもう少し大人になってからにしろよ、フローラ」
「ど、どういう意味よ……」
わたしが言いたいことがわかったのか、もうこの話が飽きたのか、リタはひょいっと月の光にライトアップされた出窓に飛び乗る。
「読んでおけ」
こちらに向き直り、リタが前足を上げたとき、ガサガサガサッと数冊の書籍が目の前に落ちてきた。
「リタ、これは?」
「子の授かり方だ」
「子ども? わたしにもできる可能性があるというの? まだ成人したばかりなのに」
「ババアの術式がちゃんと作動し続ければ、回避はできるかもしれないが……」
「そ、そうなの?」
予期していなかった言葉にぎょっとする。
確かに、すぐに赤くなってしまうし、ドクドクと異様なほど胸が痛いことは増えた。
魔女の体についてはよくわからない。
十五になって成人をしたとたん、子どもを授かることもあるのだろうか。
「わかった、ちゃんと読んでおく」
こんなにたくさんあるのかと本の山に手を添えながら頷くと複雑そうな表情のリタと目が合った。
「大丈夫よ。わかってる。わたしはきっと子どもは作らないわ。お母さんのように育てられないもの」
おばあちゃんから聞いたことがある。
彼女は母親になる覚悟が足りていなかったのだと。
「……フローラ」
「はい」
「子がいるというだけで、幸せにも強くもなれる」
「リタ、子どもがいるの?」
「またくるよ」
「えっ……あっ、はい……」
相変わらず突然だ。
慌てて窓を開けてあげると、リタはその狭い隙間をさっと通り抜け、月光に向かって足を進める。
びゅっと肌寒い風が吹いて、次に目を開けた時にはそこにはもう黒猫の姿はなかった。
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