第28話 季節の流れとふたりの物語
目頭がじんとした。
また泣くなとリタに怒られるだろう。
わたしは魔女だ。
最悪で最恐の魔女なのだ。
このあと正常に戻った彼がどういう行動に出たってしっかり受け止めるつもりでいる。
「つらいです」
「えっ?」
突然、腕をつかまれてぎょっとする。
「あなたとお話ができなかったのはつらかったです」
「えっ……」
絞り出すように出された彼の声は本当につらそうで、様子に状況がまったく理解できないまま、そのまま引き寄せられて、彼の胸に飛び込む形になった。
温かい体温がぎゅっとわたしを包んだ。
「すみません……」
顔をわたしの肩に埋め、彼は言う。
「あと少し、この体勢をお許しください」
しっかり抱きしめられて身動きが取れなくなったし、わたしも動こうとはしなかった。
「魔女様、ずっとあなたのそばにいたいです」
彼は、気づいている。
間違いなく気づいて、耐えてくれているのだ。
「ど、どうして……」
どうしてなんだろうか。
どうして、そんなに……自分のことよりもわたしを優先してくれるのだろうか。
「あなたのそばにいたい」
「こ、ここにいても……あ、あなたにはいいことなんて何ひとつないのに……」
彼は大きく息を吸い込み、ふぅーっと吐き出して口を開いた。
「あなたに触れると元気になれます」
そして、こちらを見るなり、顔をクシャッとさせて笑ったのだ。
「たまにはこうして、元気を分けてください」
変わらず額には汗が浮かんでいたけど、彼の表情にもう曇りはなかった。
「あなたが好きです」
「……っ、なっ!」
なんで……
「なんで、またそんなことを! あなたはいつもそう言いますが、あっ、会ったばかりではないですか!」
そんなにすぐに好きになんてなるはずがない。
ましてやわたしみたいに慣れていない人間には永遠に胸に残ってしまう言葉だろうのに、どうしてそうも軽々しく口にするのか。
「す、好きなわけ……」
「会ったばかりではありません。もう半年になります。毎朝一緒に過ごして、少しずつ変わり始めた景色を眺めて一緒に時を重ねました。毎日毎日、共に暮らしてればあなたに心惹かれないはずがない」
「なっ、何を言っているんですか!」
口を引き結んだら、堪えきれなくなった涙がこぼれた。
泣かないように意識すればするほど、じわじわ新しい涙が流れてくる。
「大好きです」
「……もうっ。どうしてそうなるんですか」
拭っても拭っても止まらない。
強くなりたい。
ひとりでも平気で生きていけるように。
「魔女様」
優しい声がして、彼の唇が頬に触れた。
「!!!」
ちゅっと、音がして体内にゆっくりと彼のぬくもりが広がり、ひっくり返るのではないかと思うくらい大きく心が跳ね上がった。
「信じてくれるまで、こうします」
わたしの気持ちなんてお構い無しにいろんなところに口づけてはそんなことを言い出すのだ。
「し、信じます!」
ほぼほぼ叫ぶように声を上げていた。
「信じます! 信じますからっ!」
「もう少しくらい楽しませてくれてもいいのに」
な、何を言っているのだろうか。
「む、無理です! 離してください!」
「あとちょっとだけ」
「む、無理です!」
無理に決まっている。
だけど、こんな時でさえ、嬉しいと思ってしまった自分に絶望した。
彼がまだ優しくてしてくることに内心ほっとしたのだ。
「泣かせてすみません」
解放してあげたかったのに。
彼にもっとも合った世界に返してあげたかったのに。
「魔女様、お茶会を再開しませんか? お茶は俺が淹れ直します」
もう勝手なことはさせないと、釘を差されたようだった。
頷くと嬉しそうに彼は立ち上がる。
この半年間で彼に惹かれてしまったのは、わたしだ。
迷いのないその背を見て、こっそり泣いてしまったのはわたしだけの秘密だ。
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