第27話 魔女の騎士にお別れを
丁寧にお茶を淹れて、顔を上げると彼が焼菓子をたくさんならべたお皿を持ってやってきたところだった。
後ろには色とりどりのキャンドルに火を灯されていて暗い室内をぼんやり照らしてくれるその様子はとても幻想的だ。
「魔女様、触れますね」
彼の手が髪に伸ばされたため、背を向けるといつものようにリボンをつけてくれた。
「よし、今日も可愛いです」
優しく頬を撫で、屈託もない笑顔を見せた。
大きな手の温もりが頬から伝わり、胸がちくりと痛んだのは気づかないふりをふる。
「好きなお菓子を選んでくださいね。美味しかったらまた買いに行きましょう」
カラフルなお菓子が並べられていて、とても美味しそうだ。
ふんわりと甘い香りが鼻腔をくすぐる。
でも、同時にわたしの胸はドクンと音を立てた。
もう二度と買いに行く機会はないであろうお菓子に手を伸ばす。
ドクンドクンドクン。
一度なり始めたら止まらなくなる。
ドクンドクンドクン。
体内が時計になったような大きな音だ。
正面に腰を下ろした彼は良い香りだとカップの中の香りをかぎ、瞳を緩めた。
形のいい唇がカップの縁に触れる。
見てはいけないとわかっていても、目がそらせなかった。
胸が痛い。
その動きは、想像よりもゆっくりと進んで見えた。
「おいしいです」
彼が笑った。
(えっ?)
そんなはずは……と、自身のカップと見比べる。入れ間違えたというのか。
「よっ、よかったです」
それでもわたしのカップからはあの独特の甘い香りがするわけではないし。
わけもわからず頭の中がぐるぐるしながらも自分のものに口をつけると、あろうことか目の前の彼は残ったお茶を一気飲みしたところだった。
(えっ……)
彼は不自然に口角をあげていた。
頬は紅潮しているから絶対に効いているはずだ。
気づかれたのだと思ったのは、そのときだった。
「ま……じょ……さま……」
嫌な汗が流れる。
思わず立ち上がってしまったが、額の汗を拭った彼の様子は見るからにいつも様子ではなくなっていた。
ドクン、ドクンドクン……
青白い顔で倒れた王子様の様子と彼の姿が重なって見えた。
ドクンドクンドクン……
わたしは、また同じ過ちを犯すつもりなのだろうか。
ドクンドクンドクン……
焦点が合っていない瞳がこちらを見る。
無理やり笑おうとしたのだろう、頬をピクッとさせてふうっと息を吐く。
「大丈夫ですか?」
大丈夫なわけあるはずがない。
わかった上で尋ねたわたしはひどい魔女だ。
「だい……じょ……ぶです……」
行き絶え絶えに彼は言う。
そう言ってくれることをわかっているのに。
「すぐに楽にしますから」
腰を下ろすと彼が何かに耐えているのが手に取るようにわかった。
(ごめんなさい……)
心の中で言っても意味がないと言うのに、少しでも彼がつらくないことを願い、ありったけの手のひらに力を込める。
彼の赤みがかった頬に触れると、その熱がじんわりと伝わってくる。
吸い取れるだけ、この熱を吸い取ってあげられたらいいのに。
(ごめんなさい……)
彼は何も悪いことをしていないのに。
(ごめんなさい……)
いつもいつも、どんなときでもとっても優しくしてくれたのに。
(ごめんなさい……)
ありがとう、と何ひとつ返すことができなくて。
熱が引き始め、そっと手を離す。
そろそろだ。
「どうですか?」
彼の顔色がほんの少し改善したようでほっとした。
もうすぐ、もうすぐ楽になるのだ。
この効果が現れたら、正常の彼に戻ることができる。
そしたら取り戻せる世界や可能性が無限大に広がっているのだ。
「もうつらくないでしょう?」
(さようなら……)
思ったら、やっぱり少しつらかった。
当たり前だった毎日が終わるのだ。
覚悟はできていたけど、悲しいものは悲しい。
『魔女様〜』
そう言って笑ってくれる人は、もういないのだ。
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