第25話 魔女の覚醒
あれからのことはよく覚えていない。
何か欲しいものはあるかと聞かれたため、必要な薬草だけ伝えた。
ちゃんと後から払うということは伝えただろうか。
頭の中が真っ白だった。
とにかく、自室に戻ってからは無我夢中でこれからの計画を練ることとなった。
まずは、彼に返すための資金を自分で作ること。
それから、彼を惑わしている術を説く解毒薬を作ること。
どちらにせよ、早期で対応したいと思っていた。
「泣くな。魔女が簡単に涙を見せるな」
「な、泣いてないわよ。ちょっと目にゴミが入ってしまっただけよ!」
「どうだか」
本気で魔女の修業を志してまだ数ヶ月しか経っていないけど、なんとなくでも幼き日より目で見ていたものは記憶しているようで触れてみると意外と感覚がつかみやすいものが多かった。
今まで室内に投げ込まれたまま燃やしていた王家からの依頼状にも目を通し、頼まれたお仕事は受けるようになった。
最初は半信半疑だったようだが、だんだん信頼を得たようで、少しずつ難易度の高い依頼に変わっていくのはこのあとのお話だけど、彼に返せるだけの金額を手にすることも叶い、自分がどんどん力をつけていることにも気づき始めた。
本当は、確信している。
この前完成した解毒薬は成功している、と。
すなわち、この生活の終わりを意味する。
あれから、彼に頼ることのない生活を再び取り戻すことを決めた。
接点もできるだけ減らしたい。
ひとりは慣れっこだ。
慣れっこだから、あの頃の感覚に戻るだけだった。
「………」
でも、ひとりではない時間を知ってしまった。
向かい合ってご飯を食べ、美しい夕暮れを並んで眺める。
些細な話題でああでもないこうでもないと話し合って、思わず笑ってしまいそうになる。
ひとつだった意見がふたつになった。
灰色だった世界に光が戻り、また朝がやってくる。
そうすると「おはようございます」と、彼の声が聞こえてくるのだ。
「ゔっ……」
また泣くなと言われるかと思ったけど、リタは何も言わず、目を細めた。そして、
「王家がおまえにしたことを覚えているか」
ぽつりと漏らしたのだった。
「おまえの未来を奪った。だから、おまえも好きにしたらいいんじゃないか。あの男をそばにおいておきたいのなら……」
「わたしは、二度と過ちを犯したくないの」
倒れてしまったあの王子様の姿が脳裏をよぎる。
未来を期待されている優秀な方だったのだ。
「先に未来を奪ってしまったのは、わたしの方よ。あの方も、そしてアベンシャールの。わたしは、この生活を受け入れていてこれからもここで償っていきたいと思っているの」
だけど、孤独より孤独ではない生活を知ってしまったときの方が怖いと思えた。
失う怖さを知ってしまったからだ。
もしもすべてがすべて消え失せてしまったとき、わたしはどうなってしまうのだろうかとさえ思えるようになった。
まるで、これこそ呪いのようだ。
数ヶ月前にひょっこり現れて「魔女様魔女様」と騒ぎ立てたと思えば、いつの間にか勝手に人の心のなかに入り込んできた。
何と表現すればいいかわからない。
でも、こんなにも彼の存在がわたしの中で大きくなっていたなんて。
「わたし、変わりたいの」
魔女様、と向けられた笑顔を思い出す。
「あの魔女は、もうひとりでも大丈夫だと安心して出ていってほしいの」
解毒薬を飲んでもとに戻ってしまったら豹変したように逃げていくかもしれないけど、それならそれでもいい。
「この数ヶ月、大切にしてもらった気持ちを忘れないで、ここから王家に貢献していきたいの」
決めたのだ。
できることをしたいきたいと。
でも、強く思えば思うほど涙はあふれて、リタは楽しそうに笑ったのだった。
満月の光はとても明るい。
こうして大きな月はいつもわたしを見守ってくれていた。
「十分変われているよ……」
リタが呟いた言葉に、やっぱり泣いてしまった。
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