15歳 秋
第19話 あなたとの朝は元気の魔法
「魔女様、魔女様ぁ〜! おはようございます! 朝ですよ〜」
変わらぬ朝がやってきて、どうせ来てしまうのだからと最近は腹をくくって呼ばれたらすぐにドアを開けるようにしていた。
徐々に部屋の外から良い香りがしてくるのだ。
彼の訪れがわかるようになった。
「魔女様、おはようございます!」
「お、おはようございます」
悔しいけど顔を見てしまえば動揺してしまうのは変わらない。
朝からその笑顔は眩しすぎるのだ。
フライパンでカリカリに焼かれたベーコンと卵がパンに乗せられ、さらにチーズも乗せてくれる。
注がれたミルクと彩り豊かに盛り付けたサラダとトマトのスープが並べられている。
「わぁ……」
どんどん腕を上げる彼の料理はとても美味しそうで思わず声が漏れるわたしに彼は嬉しそうに「どうぞ」と迎え入れてくれる。
「今日はついにお出かけの日ですね〜!」
わぁ、楽しみだと今にも舞い上がりそうな軽やかな動きで彼が告げてくる。
正気なのだろうか。
王宮に外出許可を提出してから早くも半年近く経って、ようやく外出が叶うと彼は嬉しそうに告げてきたのが先日のこと。
(いやいやいやいや……無理でしょう)
この人は囚人魔女を連れてこの森を出るだけでなく、外の世界を出歩くつもりなのだろうか。
わたしが逃げても問題なく追えると思っているのかしら。それならなんとなく悔しい。
逃げるつもりなんてもちろんないけど、王宮からももしものときのペナルティを知らせる手紙と外出時の決まりごとがつらつら綴られた冊子が送られてきたのだ。
みんな、正気なの?
目を疑った。
彼は料理の腕を極めるだけに飽き足らず、この森でも自分たちの食べるものは自分で育てていきたいと言い出し、街に出たら畑に植える種を買うのだと張り切っていた。
不思議な人だ。
どんな環境でも、彼は楽しく胸がわくわくするようなことを自分自身で探してきてはわたしに教えてくれる。
彼のすべてがびっくり箱で、わたしを新しい世界へと導いてくれることが増えた。
「魔女様、髪に触れてもいいですか?」
何と返そうと勝手に触れてくるくせに、一応はさりげなく聞いてくる。
黙っていると大きな手のひらが丁寧に髪に触れられる感覚がしてぐっと息をのんで耐える。
「きれいな髪ですね」
褒めないと悪いことでも起こるのだろうかと思うほど、息を吐くように些細なことでも彼は褒めてくれ、さっと器用にわたしの髪を結い上げてくれた。
きっと頭上では、銀色のリボンが揺れているのだろう。
最初は食事のときに長い髪が邪魔だろうと結んでくれたのがきっかけだったのだけど、いつの間にか銀色のリボンを取り出してきては自分の髪色とお揃いになったと最初の頃は結い終わるたびにそう告げてきていた。
彼に髪の毛を触られるのはとても緊張する。
それでもきれいにしてもらえるのはとても嬉しくなってしまって、彼には口が裂けても言えないけど、何度も何度も鏡を見るようになった。
真剣な瞳でじっと見つめてくる彼は、目が合えば優しく微笑んでくれる。
「今日も可愛いです」
「なっ!」
口を開けばすぐこれだ。
「か、可愛くないです……」
毎日毎日数え切れないほど褒められ続けて、何度も勘違いをしかけて鏡を見てがっかりすることも少なくない。
「え?」
「え?」
「何言ってるんですか?」
「え?」
空色の淡い瞳を通すと世界はすべて輝いて見えるのだろうか。
「あなたほど愛らしくて魅力的な人は知りませんよ」
「……はっ、はい?」
「本当に可愛いです」
「………」
「世界中で一番か……」
「も、もういいです!! あ、あなたはそれしか言わない!」
「本当のことしか言ってないですよ、って、あっ! 魔女様、聞いてますか?」
「が、外出の準備をしますから、つ、ついてこないでください!」
「ご準備ならお手伝いしま……」
「結構です!」
バン!と音を鳴らして扉を閉め、寝室に飛び込む。
寝室に立てかけられた大きな鏡の前に、真っ黒くて髪の毛だけ銀色のリボンで飾られた地味な女の子が写っていた。
だけど、彼女は頬を真っ赤に染めて、嬉しそうに頬を緩めたのだった。
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