第16話 夜の水面に花を咲かそう

「わぁ、美しいですね」


 泣きわめくわたしを思いっきりぎゅっとしてくれたあと、気分転換しましょう!と彼が連れ出してくれた先は、庭先の湖だった。


 家族から送られてきたのだと、両手いっぱいの水中花火を見せてくれた。


 そうして毎晩、夕食が終わると外へ出て、水面に浮かんだ色とりどりの水中花火が花を浮かべて辺りを彩っていく様子を彼と並んで眺めるのが日課になった。


 あまりにも美しくて幻想的で、息をのむとまるで時が止まったように感じられた。


「魔女様……」


 花火の光に照らされた彼の姿も圧倒的に芸術的なものに見えた。


「手を握ってもよろしいですか?」


 発言を除けば、である。


 本能的にさっと後ろに両手を隠す。


 徐々に先ほどの羞恥心が生まれ始め、どう接したらいいかわからなくなっていた。


「いいムードなのに……」


 と怒った様子もなく頬を緩めた彼に、わたしとでいいのかしら……と思ってしまう。


 彼が望むなら、どんな才があり、美貌がある女性でも手に入れられるのではないかと思うことがある。


 手を握りたいと言えば、喜んで飛び込んでくる女性たちはたくさんいるはずだ。


 並んだ影にそっと手を伸ばし、重ねてみる。


 今のわたしには、これが精一杯だ。


「そろそろ終わってしまいそうですね」


 徐々に花火の火が小さくなり始めた。


「また、送っていただけるよう兄上に頼みますね」


 水面を眺める彼の瞳がほんの少し、寂しそうに見えた。


 彼はいつもにこにこと笑顔を絶やすことなくとても明るいが、時にわざと笑みを浮かべ、全てを諦めたような表情をしていることがある。


 たまに見せる年相応な彼の姿だった。


 出そうか出さまいか考えて、ローブのポケットに入れた巾着を取り出す。


 中身は黒い玉がいくつか入っている。


 リタがなにかあったら彼に投げつけろとたくさん置いていったものだ。


 今の彼には、投げる理由なんてなかったため、もう使い道はないものだと思ったていたけど、そう言えば昔、こういう水中花火でリタと遊んだなぁと思い出した。


 そのときの当時の騎士の発狂ぶりといったら……さすがに今では申し訳ないと思っているが、あれから怖くなってリタが作ってくれた水中花火をすることもなくなっていた。


 そっと湖のそばに膝まづいて、そのままその玉を湖に落とす。


 懐かしさに浸りながら水面を眺めると、突然ぶわっ!という大きな音がした。


 玉をつけたあたりから虹色の光が舞台の幕を開けるように辺り一面へと広がっていく。


「えええっ!」


 彼の驚いた声が夜空とそこに浮かんだ光に吸い込まれていく。


 それはまるで夜空を彩るイルミネーションのようで……振り返ると口を大きく明けて見上げている彼の姿が目に入り、嬉しくなった。


 普段は無意識なのか、背伸びを続ける彼が、年相応の男の子に見えたからだ。

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