第9話 ふたりの新生活とそのルール

「怖い夢を見られたようでした」


 彼はまっすぐな瞳だった。


「あなたと俺は、これからこうしてともに過ごしていくのですから、つらいときや怖くなったときはひとりで苦しまずに頼ってほしいんです」


「……」


 見入ってしまいそうなほど澄んだ瞳だった。


 そこまでしてもらわなくたっていい。


 素の善意なのか何か思うことがあってこんなに親切にしてくれているのか、わからない。ただただわたしの力が影響しているのなら申し訳がない。


「苦手なものはありますか? 嵐の夜や雷の鳴る夜もこうしてあなたとともに夜を過ごせたらと思います」


「なっ!」


 無意識なのか、『ねっ』と柔らかく口角を上げ、手を握られてしまったため、飛び上がる。あまりにも刺激が強すぎる。


「はは。一応、これでもお年頃なので、あまり可愛い行動をされると自制が効かないと思うのでほどほどにお願いします」


 こちらのセリフだ。


 なにを言ってるのか、この人は。


 あわあわと動揺してほとんど混乱状態で声が出なくなったわたしは言い返すことさえ叶わないというのに、そんなこちらのことなんてお構い無しに彼はますます楽しそうな様子で続ける。


「あなた様と同じ年です。……魔女様?」


「………」


 わたしは心のどこかでひそかに第三者に対してここまでの妄想と欲望を温めていたというのか。


 確かに、仲良くしてくれる人は欲しいと思ってはいたけど……あまりにも贅沢で欲張りな人を召喚してしまったように思う。


 こんなにも素敵な人が、こんなにも魅力のない女のために輝かしい笑顔を無駄遣いしているなんて、耐え難い事実だった。


 おばあちゃんに相談の文を何通も何通も送ったけど返答はなかなか来なくて、きっとしばらくは自分でなんとかしないといけないのだろう。


「………」


 もう無理だとさっとつかまれた手を引っこ抜き、両手で顔を覆う。


 どうせ真っ赤で隠したって無駄なんだろうけど、どうしたらいいのかわからなかった。


「まずはもう少し太ってください」


「っ!」


 当然何を言い出すのか、今にもおかしくなりそうなわたしに対し、彼はさらに追い打ちをかけてくる。


 ほら、すごく軽い……と今度は軽々しくわたしを持ち上げたのだ。


「!!!!!!」


(きゃぁぁぁぁぁあー!!)


 整いすぎた顔が再び目の前に現れて、なおかつ良い香りに包まれて発狂しそうになった。


「それに、これからはちゃんとご飯の時間はご一緒していただきます。俺もあなたが食べたくなるものを作りますので、あなたもしっかり食べてください」


 何も言えない。


 限界だった。


「俺は、あなたを守ると約束します」


 心臓の音がバクバクと大合唱を始め、一生分のときめきを体感できた気分だ。


 もう思い残すことはない。


 わたしの力なら、もう解けてほしい


 お願いだから。


「今さらですが……」


 気を失いかけたわたしに、彼は言った。


「おはようございます、魔女様」


 朝の日差しよりも眩しい春の光は、とどまることを知らない。



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