15歳 夏

第10話 魔女と騎士の朝の出来事

「魔女様!」


 ああ、始まった。


 わかってはいて、少し前から構えてはいたけど、いざこの時が来ると心臓に悪い。


「魔女様、朝です! おはようございます!」


 わたしの騎士と自らを名乗る男は朝から元気な声を上げて戸をノックした。


 一寸の狂いもなく、まるで儀式のようだった。


 二度目のノックが終わり、慌てて戸に近づく。五回目までにドアを開けないと大変なことになる。


 バン!と勢いよく戸を開けると、今まで散々騒いでいたくせにわたしの顔を見たとたん驚いた表情を見せる彼は、目が合うなり柔らかな笑みを浮かべた。


「魔女様、おはようございます」


(ああ、嫌だ……)


 魔女と騎士の共同生活を行うに当たって、彼は独自のルールを決めて、告げてきた。


 五回の挨拶のうちに部屋から出ないと、彼が入室して起こしにやってくる。


 暗い部屋にいては気が滅入ってしまうという理由と、共に過ごすうえでコミュニケーションはしっかりとっていこうというのだ。


 調子が狂うし、近づいただけで罪悪感でいっぱいになる。


 おばあちゃんに手紙を出した。


 彼について、思ったことを書き綴り、そして今後はどうしたらいいのかとアドバイスを求めた。


 だけど、彼女からの返答はなかった。


 待って待って、何度も同じ文面の手紙を送り続けたけど返事はなく、いつの間にか季節が変わった。


 そして、おばあちゃんの代わりに王宮から手紙が届くようになった。


 不要な交流は控えるように、そう書かれていた。

 

 ジャドールは何も悪くない。


 いつも失礼な態度を取り続けるわたしに諦めることなく接してくれて、ひとりの人間として扱ってくれる。


 それでも彼に対してどう対応したらいいのかわからず、今日も寝室に入りこまれなかったことに安堵し、彼の挨拶にも返答しないまま、洗面室へ向かう。


「魔女様、改めましておはようございます」


 リビングに戻ると待っていたと言わんばかりに出迎えてくれた彼は満面の笑みを見せた。


 吸い込まれそうなほど、いい香りもする。


 朝食は彼が毎日毎日一生懸命作ってくれているのだ。


 どうぞ、と招かれて、椅子のもとまでエスコートされる。


 その動きがあまりにも完璧だから、ときどき夢なのでは?と思うときもある。


「あなたのお口にあえばいいのですが」


 この人が作ってくれたもので食べられないものなんて何もなかった。


 むしろ久しぶりに誰かの前に座って温かいご飯が食べられてたあるのだ。


 こんな幸せなことはない。


 しかしながら、偽りの生活などいらない。


「おかわりもあります。たくさん食べてくださいね」


 この笑顔を向けられるべく人は他にいるのではないか。


 このごろ考えるようになった。


 呪いを解く術について。


 彼を操っているのなら早く解放してあげたかった。


 重罪を犯してから一度も魔術を使うことはなかったけど、ついにこの時が来たのかもしれない。


 この森にやってくるときに唯一持ち込んだ、おばあちゃんのレシピを開くようになったのはジャドールがやってきてからだった。

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