ソーダ

 奈美さんが大学に進学して体験したことだそうだ。


「一人暮らしってのは自己責任なんですねぇ……」


 そう語る奈美さんはどこか疲れの視える顔をしていた。


 始まりは大学に行って一人暮らしを始めたときですね。一人暮らしの快適さに慣れてしまってすっかり自堕落な生活になったんですよ。


 そんな中で食事は栄養食品やゼリードリンクだけの生活をしていたんですが、流石に限界が来ましてね……キャンバスをふらついていたら食事に誘われたんですよ。まあ、ナンパですね。


 とはいえこっちも飢えていたので、『学食でいいなら』と条件をつけて受けたんです。向こうも渋々ではありましたけどそれでいいと言うのでありがたく奢ってもらったんです。


 その時に食べたカツ丼の味は忘れてないですよ、久しぶりに人間らしい食事をしましたから。


 それで、その誘った人なんですけど、やたらと二人きりになろうとするんです。露骨な人だなあって呑気にのらりくらり躱していたんですが、その方の友人が来たんです。


 いや、当人の弁に寄れば友人だそうなんですが、やけに距離の近い女の人なんですよ。こんなの関わったら面倒なのが確定じゃないですか。


 私もいろいろ危機感を覚えて逃げようとしたんですよ。そうしたらその人が飯を奢ったんだからお礼をしてくれと言うんです。もちろんお金なんて無かったのでそう言ったんですが、お金はこちらが出すからとお願いをされたんです。


 やることというのは薬局で苛性ソーダを買ってきてくれと言うものでした。彼によるとその彼女さんとしておきましょうか、その方の趣味で石けんを作ると言うんです。一応薬品なので一度に大量に買えないから、私にも代わりに買ってくれと言うんです。


 まあそのくらいなら、と薬局に行って苛性ソーダをくださいと言ったんです。案外あっさり売ってくれましたよ。それで彼は彼女さんと仲睦まじく帰って行ったのでやはりついていかなくて良かったなと思ったんです。


 そこまでだったら変な頼み事で済むんですけど、後日友人に言われたんですよ。あの人、彼女をとっかえひっかえしていると言うんです。


 それから数回彼のことを見かけたことはありましたが、一人の時と彼女らしきものを連れているときがありましたが、一度も同じ人を連れているところは見なかったんですよ。


 よく彼女を変える人だなあと思いつつ、その方はたまに見かけても話もしないまま卒業したんです。それから就職してアパートに住んだんですが、そこで嫌なことに気が付いたんです。


 そのアパートはボロいので洗面所の配管がやたら詰まるんですよ。仕方ないので薬局でパイプ洗浄剤を買って流し込んだらあっさり流れるようになったんです。ただ、その時に洗浄剤の成分を見ちゃったんですよ。どうもアレって強アルカリで髪の毛みたいな人のタンパク質なんかを溶かすらしいんですよ。


 それで気が付いたんですが、苛性ソーダって水酸化ナトリウムの別名なんです。そしてそのパイプ洗浄剤の主成分が水酸化ナトリウムなんですよ。


 考えすぎなのは分かってますよ、でも、タンパク質を溶かすものが大量に必要になる事と、人間関係をしょっちゅう精算する人ってなんか嫌な組み合わせだと思いませんか? 私の思い過ごしであって欲しいとは思うんですけどね、ただ点と点が結ぼうと思えば結べちゃうんですよねえ……あ、こんな霊も妖怪も出てこない話でごめんなさい、これでも良かったですか?


 私は頷いて彼女に謝礼を渡した。そうして一人話を聞いていたファミレスで、帰っていくのを見届けて、スマホを取り出して彼女が通っていた大学付近の事件を検索したが、少なくとも表面化した大事件は引っかからなかった。出来れば彼女の思い過ごしであって欲しいと思いたいものである。

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