受験の悩み

 加納さんが受験勉強をしていた頃の話だ。某難関大学を受験するので高校は当然、私塾から更に先の勉強までを、毎日深夜に至るまでやっていた。


 日々体力を削っている自覚はあったものの、不合格だったらどうしようという強迫観念が彼を机から離してくれなかった。必死に勉強をしていたのだが、思うほどに成績も偏差値も上がらずイライラが募っていた。


 カリカリしながら参考書を開き、問題を解いていくのだが、思うように回答が出てこない。それがまたイライラを貯めていた。受験戦争という時代ではなかったが、それでも難関大学にはそれなりの倍率があった。そう簡単に合格できるとは思っていなかったが、人間関係から余暇活動までなげうって勉強をしていたので退くに退けなくなっていた。


 そうした生活を続けていたある深夜のことだ。カチャッと部屋の前で音がした。なんだろうか? 自分でもイライラしていたのは分かっていたので家族が腫れ物に触るような扱いをしていることも知っていた。


 こんな時になんだろうと思い、そっとドアを開けてみた。そこには月見うどんが置いてあった。ご丁寧に一人用の土鍋で作られたものだ。そう言えばロクに食事をしていなかったなと思いだしたのでそれをそっと部屋に持ち込んだ。家族の配慮だろう、母親かとも思ったが、そう言えば父親の方も受験は応援していたので二人の内のどちらかだろう。


 机の上に土鍋が鎮座したお盆を置いて、その隣に置かれていた割り箸でその麺をすすった。極限状態のような状態だったからかもしれない、その時食べた月見うどんは涙が出るほど美味しかった。最近は固形食料やカロリーの高いお菓子だけ食べて生活していたので人間らしい食事をしたのは久しぶりになる。


 そうして美味しい食事をした後、お盆に置いて部屋の前に出しておけば片付けてもらえるだろうと思ったのだが、気分転換に自分で洗うことにした。キッチンに食器一式を持ち込んでスポンジで洗い食器乾燥機に並べていった。


 満腹感で気分がよくなり、そのまま部屋に帰る。久しぶりに美味しい食事をしたため気を取り直して勉強を再開した。そうすると驚くほどに内容が頭に入ってくる。久しぶりに心に余裕が出来たからだろうか? 気分良く勉強をしたのは何時ぶりだっただろうか?


 そんなことを考えながらその日は順調に勉強を終えて少しだけ寝た。寝起きは妙に気分がよく、スッキリした頭で朝食を食べにキッチンに行くと父親と母親が揃って朝食を食べていた。


 どちらが昨日の食事を用意してくれたか分からないので、どちらにでもなく『昨日はうどんありがとう』と普段なら絶対そんな余裕のある言葉は出ないだろうことを言った。


「なんの話だ?」

「昨日? うどんってアンタが勝手に作ったんじゃないの?」


 見るとうどんの入っていた土鍋を片付けていた。


「それ、作ってくれたんだろ? 月見うどんだよ、美味しかったし……」


 そこまで言って口を挟まれた。


「何言ってるの? これはアンタが夜に夜食を作った後じゃないの?」


「え……?」


 見るに二人とも嘘をついている様子は無い。本当だろうか?


「一応聞くけど俺の部屋まで昨日の晩うどんを持ってきてくれなかった?」


「私はすぐに寝たけど」


「昨日はさっさと寝たから知らんな」


 訳がわからなかったが、とにかく二人が作ったわけではないようだ。では昨日のうどんは誰が? とは思ったが、それを考えても無駄なことだと思い、良い目覚めだったし朝食を食べて高校に向かった。


 その日から寝る時間を極端に削る勉強はやめた。不思議な事に成績はきちんと上がり続け、大学は無事志望校に合格でき、家族でそれを喜んだのだった。


 あの時の月見うどんは今まで食べたどのうどんより美味しかったし、これから食べるどんなうどんより美味しいだろうと彼は言っていた。結局誰が作ったのかは分からないが、頑張っていたから幽霊か妖怪の類いが気を利かせてくれたんじゃないですかねと彼は笑っていた。

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