事実の連鎖からの推測

 鈴音さんが某所に友人たちと旅行に行ったときのことになる。


 鈴音さんが旅先を選んで、仲の良い三人と旅行のプランを練っていると、一人が非常に安い旅館を見つけた。他の旅行誌やネットにさえ載っていないのだが、栗木さんという友人がたまたま持ってきていた最新号の雑誌に載っていた。


「大丈夫なの? それだけ安いと怪しくない?」

「というか本当に営業してんの? ネットにすらないんだけど……」

「すごいじゃん! この値段なら現地でかなり遊べるよ!」


 みんなそれぞれの反応をしていたものの、結局その旅館に泊まることに決め、四人分の宿を取った。初日は昼までに現地についてそこの名物のラーメンを食べることに決めた。ニンニクがきいていることで有名なラーメンだが、そこは気楽な四人の女子旅だ、気にする人も居ないということであっさり決まる。


 そうして旅行当日、駅に揃って切符を買い電車に乗った。しばらくぶりにICカード非対応の改札を使うななんて盛り上がりつつ、写真を撮りながら海沿いの線路を電車が走っていった。


「ねえ、今回泊まる旅館って持ち込み可なの?」


「そうみたいだよ、予約を取るときに『臭いの強いものの持ち込みはご遠慮ください』って言われたし」


「へー、じゃあそれ以外の持ち込みは良いって事だね」


「どうせ現地で海鮮料理を期待してんでしょ、無駄に持ち込まないでいいから」


 ガヤガヤしながら電車に揺られしばらく行ったところで電車を降りると、バスに乗って温泉街へ向かった。観光地価格だったが宿代が安いのでそれに文句を言うものは居なかった。


 多少不便な土地だから安いのだろうと思っていたそうだ。


 そして宿に着くと、部屋の鍵を受け取り、部屋に重たいものは置いてみんなで町にくりだした。おおむね観光地なので高めの値段だったものの、所謂インバウンド客が来るような場所ではないので法外な値段はついていなかった。


 職場へのお土産や恋人へのプレゼントなどを買ったりしてそれぞれの買い物をしてから名物のラーメンを食べにいった。


 評判通りのデカ盛りでニンニクがよく効いたラーメンを食べ、最後の方はキツそうだったが、始発で来ていたため皆朝食を食べておらず、そのおかげで何とか全員スープまで完食することになる。


 気分良く温泉宿に帰ると部屋に入り、温泉で疲れを流してから、部屋に帰ると夕食が用意されていた。時間も聞かれなかったし、確認もなかったのだが完璧なタイミングで食事の準備がされており、固形燃料で温める一人鍋までちょうどいいくらいに煮立っていた。


「サービス良いじゃん」


 などと旅館の気遣いの良さに感謝しつつみんなで食事をした。それから一通りの思い出を語ったりして就寝した。


 その晩のことだ、鈴音さんは『ヴヴヴ……ヴェ……ぐるる』という獣の鳴き声のようなものを聞いた。猫でも紛れ込んだのかと思ったのだが、首を回して部屋を見てもそんなものは居ない。折角楽しんだのにくだらないことで水を差したくなかったため気にせずそのまま寝た。


 翌日、良い気分で目を覚ますと朝食を食べてチェックアウトした。そこで何故か見送ってくれた旅館の従業員全員の顔色が悪いのに気が付いた。


 その子とは黙ったまま帰途についたのだが、帰りの電車に乗っていたときに一人が言う。


「なんか獣臭い宿だったね、安かったからいいけどさ」


「あー……言うことないだろうと思って言わなかったんだけどさ、私が朝一に起きたときに洗面所に行ったらユニットバスのお風呂部分があるでしょ? あそこにイタチだかアナグマだかアライグマだかのおしっこみたいなものがあったんだよね。気持ち悪かったからシャワー掴んで流しちゃったんだけどね」


 その言葉に友人は納得したようだった。ただ、鈴音さんには全く別の想像が出来ていた。野生の獣には結構な数、ニンニクが毒となる生き物がいる。そして旅館側の臭いの強いものはご遠慮くださいという言葉、なんとなくあの従業員たちが獣臭かったのではないかという気味の悪い想像が出来てしまい、少しだけ後味の悪い旅行になった。


 友人たちが地元に帰って解散した後に、スマホを取り出し、マップアプリで宿付近の地図を出してみた。確かにあの宿は存在していてホッとしたのだが、詳細を見て固まった。あの宿はとうに営業を辞めていた。念のため写真でも確認したが、あの旅館の建物にはトラロープが入り口にかけられ立ち入り禁止の看板が下げられている画像が出てきた。


「まあ……私が黙っていれば真相は闇の中ですからね。わざわざ友達に言わなくていいことを言ったりはしませんよ。ただ、折角の思い出に陰が差しましたね。アレからは信用できる媒体に載っているところにしか旅行に行かなくなりました」


 彼女の予想は全て推測でしかない。ただ、なんとなく嫌な感じがしただけのことだ。それでも偶然が複数繋がったせいで邪推がストーリー性を帯びてしまった。鈴音さんはそれから結婚したが、今の悩みは子供連れで旅行に行って大丈夫か不安になってしまうことだそうだ。

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